阿蘇山(根子岳、杵島岳〜往生岳)


2006年11月3日(文化の日)  晴れ  弱風


今日の山歩きは何処の山に行こうか、前日まで迷っていた。 しかし、あるHPで 『根子岳』 の紅葉が見頃との情報を得た。

それで、最近は2週続けてくじゅう連山に紅葉狩りに行ったので、今回は阿蘇山へ紅葉狩りに行こうと思った。

しかし、『根子岳』 だけの登山だったら時間が余りそうに思えたので、久し振りにその近くの 『中岳』 と 『高岳』 にも登ろうと、前夜に計画を立てた。

それで、私は前夜の酒量も少なくして9時半に寝た。 私は気合いが入っていたので翌朝は予定通りに4時半に起きたが、オバさんはまだ寝ていた。

それで 『時間ですよ!』 と言って優しく起こしたのだが、オバさんは色々な雑用で昨夜は12時近くに寝たらしく、『あと1時間寝る!』 と言って起きない。(怒)

そう云う訳で結局、寝ぼたれ!オバさんの勢で自宅の出発は6時20分になってしまった。





 筑後川沿いの土手上を走行中に夜が明け、原鶴温泉の少し手前で写真のように正面に朝陽が昇り始めたので、

 車を停めて車中から写真に撮った。

 尚、土手下の道は久留米市の 『百年公園』 から杷木町の 『原鶴温泉』 まで、約35km続くサイクリングロードである。









 阿蘇への途中に日田盆地や小国盆地を通るが、今朝はその両方とも凄い濃霧が掛かっていた。

 それらの盆地は早朝に通ると良く凄い霧が掛かっている。

 『大観峰』 を過ぎ、阿蘇のカルデラに下り掛かると、眼下には写真のように霧の帯が広がっていた。

 後方に見えるのは阿蘇の北外輪山で、その外輪山の上を 『やまなみハイウェイ』 や

 『菊池阿蘇スカイライン=別名:ミルクロード』 が走っている。









 上写真からクネクネと曲がっている道路を5分ほど走行すると、平地の 『内牧温泉』 に下りる。

 そこは上掲写真の霧の帯の下になっていて、左写真のように視界は20m位?だった。

 尚、この写真は信号待ち時に車内から写したものである。







 この写真は国道265号線から 『大戸の口』 コースの登山口に曲がる入り口の写真である。

 写真右側の白い小さな柱に 『根子岳・・・』 と書いてあるが、小さくてまったく目立たないので少し説明しておこう。

 国道57号線の 『坂梨』 の交差点からは国道265号線に右折する。 箱石峠で 『夢高原キャンプ場』 への

 曲がり角を過ぎて400〜500m?走ると、頭上に左折(県道217号線)すれば 『波野村』 との道路標識が現れる。

 そこも直進して国道265号線を約3.4km走った右側に、写真の入り口がある。

 それから、この入り口の200m位?手前の右側には壊れ掛かった小屋があった。

 尚、後方に見える山が 『根子岳・東峰』 である。







 上掲写真から牛の放牧されている 『前原牧場』 内を約1.6km走ると左写真のような駐車場に着く。

 私達がここに到着した時は写真のように既に十数台の車が駐車していた。

 自宅からこの駐車場まで、約122kmの距離を2時間35分も掛かっていた。












 駐車場の左側には写真のような登山口の標識と登山届けBOXがある。

 ここを出発したのは9時5分だった。









 登り始めるといきなりの急登だった。

 土は粘土混じりの黒土で、雨ガ降ったら滑って大変だろうなー!と思った。

 そのような急登がずっと続き、暫らく登ると少し息が上がって来た。

 それで、少し上の方でなだらかに見える場所まで行ったら麦茶でも飲んで休もう!と思ってそこまで行くと、

 何故だか?そこも急登の途中で休憩するタイミングが中々取れなかった。

 そんな事が何度も続いて、かなり息も上がり汗を掻き始めた。




そんな急登の登山道脇では下・左写真のような 『オオマルバノテンニンソウ』 を良く見掛けた。

途中では中写真のような花を見掛けた。 私はそれを見た時にアザミの花が枯れた物かなー?と思ったが、良くみると図鑑で見覚えのある 『ハバヤマボクチ』 だった。

私はこの花を初めて見たので嬉しかったが、この状態は枯れているのかどうか?良く分からなかった。

図鑑で見ると花の先は濃い赤茶色なので、この状態は枯れているのかも知れない?

オオマルバノテンニンソウ
ハバヤマボクチ
左のUP



 上掲の花を写す時に立ち止まった位で、休憩もせずに登っていたら大きな岩が見え、

 その上で数人の登山者が休んでいた。

 その岩の前に写真のような分岐標識があり、ここで 『大戸尾根』 のコースと合流した。

 この 『大戸尾根』 のコースは5〜6年前に子供と一緒に 『上色見』 から登った事があった。

 登り始めてここまで約35分だった。





山頂の少し手前に下写真のような標識がある。 その標識に取り付けてある温度計は写真のように10度だったが、この時は風が無かったのでもっと暖かく感じた。

標識の後方に人が居る所が 『根子岳・東峰=1408m』 の山頂で、そこに三角点がある。

尚、その山頂に着いたのは9時45分で、登りの所要時間は40分で、何だか拍子抜けするほど呆気なかった。




『根子岳・東峰』 山頂部から、当日の展望は下写真のようだった。

西方向の 『天狗峰』、後方は 『高岳』
北東方向で白い雲の下に 『九重連山』
東南東方向で雲の上に、『祖母山』 や 『傾山』

前掲の標識地点から 『天狗峰』 の方向に行ける道があるので、少し先の方まで歩いてみる事にした。

下写真は200m程?進んで、急激に下る少し手前から写したものである。

実際にその場で見た 『地獄谷』 等の紅葉は、今年見た中では1番鮮やかな色だった。

しかし、この写真ではその色彩は肉眼で見たように鮮やかな色には写っていない。(涙)

私の腕は良いのだが、もしかしたらデジカメの性能が悪いのかも?知れない。(何しろ安かったからね〜)

天狗峰とその下の紅葉
天狗峰下の紅葉
地獄谷の紅葉





 この写真の岩が 『根子岳』 の最高地点がある 『天狗峰=1433m』 である。

 前回この 『東峰』 に登った時も 『天狗峰』 にロッククライミングする人達がいた。

 その時は時間が有ったので、登る様子を昼食を食べながらゆっくり見ていた。

 今日も 『天狗峰』 に近付くと、登っている人達が数人見えた。

 この写真は私のデジカメで最大の3倍にズームアップして写したものである。

 右側の肩の部分に小さく人が写っている。












 写真は 『根子岳・東峰』 の山頂部で、結構数多く見掛けたリンドウである。









 この写真は標識地点に戻る途中に 『東峰』 の山頂部を写したものである。

 1番左が三角点のある山頂で、真ん中が標識のある所で、右は 『天狗峰』 に行く時に通る小さなピークである。

 この時はこの山頂部には30人前後?の登山者がいたが、まだ 『天狗峰』 の方向から帰って来る登山者が多くいた。

 結局、この山頂部では25分ほど景色等を眺めてから下山を始め、先程の急坂を一気に下った。

 下る途中で22人の団体と擦れ違った。

 下りの所要時間は登る時の半分の20分しか掛からず、到着時間は10時30分だった。

 駐車場は私達が登る時よりも少し増えていて、20台近く駐車していた。



           東峰 天狗峰        高岳
            ↓   ↓           ↓



 『根子岳・東峰』 から下りた後は予定通りに 『砂千里ヶ浜』 から 『中岳』〜『高岳』 に登ろうと、

 元来た道を引き返し、大きく回り込んで反対側から登る積もりだった。

 この写真は一旦平地に下りてから、『阿蘇パノラマライン』 を通って反対側から登る時に見えた景色である。

 中央に見えているのが 『根子岳』 の 『天狗峰』 で、その右の山が 『高岳』 である。











 この写真は上の写真を撮った横の牧場の様子を写したものである。

 写真のように馬と牛がのんびりと草を食んでいた。









 この写真は 『砂千里ヶ浜』 に向かう途中で 『草千里』 を通る時に、そこの引き馬の様子を写したものである。

 少し後ろの方から車が来ていたので停められず、徐行しながら適当にカメラを向けてシャッターを押したのだが、

 このように綺麗に写っていた。

 私の腕前も中々であり、またデジカメの性能も中々のものである。(割りと安かったんだけどネ!)

 『草千里』 の有料駐車場には数百台?の自家用車や観光バスが駐車していて、

 『草千里』 の中では沢山の人達が遊んでいた。




 私達は阿蘇山の 『阿蘇山西駅』 から有料の 『阿蘇町営道路』 を通って 『砂千里ヶ浜』 に行き、

 そこから 『中岳』 〜 『高岳』 に登る積もりでいた。 『阿蘇山西駅』 に着くと、そこの駐車場も沢山の車で一杯だった。

 ところが、今日は 『中岳』 から有毒ガスが発生しているとの事で 『阿蘇町営道路』 のゲートも閉まって

 通行止めになっていて、ロープウェイもストップしていた。

 それで何処からか登れないかな?と思って 『阿蘇山西駅』 駐車場の一角にある交番に聞きにいった。

 そうしたら、そこの警察官は何処かに電話で問い合わせてから、現在の状況を説明してくれた。

 左写真はその交番の中に貼ってあったハザードマップである。



そこの警察官はこのハザードマップを示しながら、ここからは登れないが、『仙酔峡』 からであれば登山許可が出ていると説明してくれた。

そして私達が交番を出る時は 『無理せずに用心して登って下さい!』 との言葉も掛けてくれた。 少し年配だったが大変親切で感じの良い警察官だった。

そう云う事で私達は車に戻り、車内で 『緊急サミット会議』 を開いた。

『仙酔峡』 は 『根子岳』 を下りてからここに来る時に、先程その近くを通って来たばかりである。 それで、またそこまで引き返すのは何だか癪に障る。

それに10年位前になるが、『仙酔峡』 からは子供と一緒に 『高岳』〜『中岳』 に登った事があった。

それで、この近くの山で去年登り損なった(その詳細は山行記 ”阿蘇山” をご覧下さい)杵島岳から往生岳に登る事に両首脳の意見が一致した。



この時の両首脳による 『緊急サミット会議』 での発言の詳細を紹介すると、『杵島岳から往生岳にしようか〜?』 、『ウン、そうしよう!』 と、

たったこれだけの会話だけで両首脳の意見は一致し、 『緊急サミット会議』 はアッサリと終了したのだった。 3秒位の会議時間だった。

ダラダラと実りの無い会議をしている国会や某会社等は、私達の会議を見習って欲しいものである。(爆)


 『阿蘇山西駅』 と 『草千里』 の途中に廃業した草スキー場があり、その横の原っぱがヘリポートになっている。

 私達がそこを通り掛った時、遊覧ヘリコプターが着地したばかりで、写真のように6〜7人の乗客が

 ヘリをバックして記念撮影をしているところだった。

 私は当然、地元観光会社のヘリと思っていたが、機体には何故か? 『佐賀航空』 との文字があった。

 ヘリポートの横にある看板には、何分の遊覧飛行かは分からなかったが、

 大人=5000円で、子供=4000円との記載が見えた。




火口縁の西端      杵島岳
    ↓           ↓
 『草千里』 レストハウスの横の方に小高い所があり、そこは展望所になっている。

 写真はその展望所から写した 『杵島岳』 である。 右の山が 『杵島岳』 で、その山頂までの登山道も見えている。

 山頂部では火口縁のお鉢巡りが出来るが、左側に山のように見えているのは、その火口縁の西端のピークである。

 尚、写真にも前方にその標識が写っているが、この付近一帯の道路は駐車禁止になっている。

 しかし、この展望所から数百m下った所の左側に 数台だけ駐車可能のスペースがある。

 その辺りには駐車禁止の標識は無い。 私達はその場所に駐車して、『杵島岳〜往生岳』 への登山に出発した。

 時間はちょうど12時で、正午を告げる音が何処からか聞こえて来た。



       コノハチョウ?(木の葉蝶)

 歩き始めて1分もしない所の歩道部分に写真のような蝶がいた。

 他の蝶と同じく、その蝶も近付いたら逃げると思ったので、私は少し離れた所からシャッターを切っていた。

 そして少しずつ近付きながら何回もシャッターを切った。

 しかし、1mの距離になっても逃げないし、最後は写真のように20cm位までにカメラを近付けても逃げなかった。

 写真のように色も形も枯葉にソックリだった。

 私には蝶名は分からないので、ネットフレンドの蝶博士にお尋ねしようと思っている。







 『杵島岳』 への登山道は写真のようなコンクリートの階段部分が多い。

 しかし、階段の両脇の草原部分にも踏み付け道があるが、登山靴等を履いていないとそこを歩くのは辛いだろう。

 私達はその草原の中の踏み付け道を歩きながら、目に付いた花等を写真に撮りながらゆっくりと登って行った。

 その草原の中には色々な花が数多くあった。






下の左写真は 『杵島岳=きしまだけ=1326m』 の山頂標識である。 前述のように草原の中の花を写しながらゆっくり歩いたので、山頂まで35分ほど掛かっていた。

昨年の5月24日にもこの 『杵島岳』 に登っているので、その時の写真を探してみた。 下の右写真がその時の写真である。

標識の右側後方の 『中岳』 からの噴煙の量を比較すれば一目瞭然だと思うが、その時は 『中岳』 の火山活動が大変盛んで、立ち入り禁止の規制が敷かれていた。

今回の風景
2005年5月24日の風景






 山頂標識に取り付けてある温度計は、写真のように12度を示していたが、

 陽が射して風が殆んど無かったので、体感温度はもっと暖かかった。








 烏帽子岳       草千里       展望所
   ↓          ↓           ↓






 この写真は 『杵島岳』 の山頂部から南方向に見える 『草千里』 方面を写したものである。









  火口縁の西端
      ↓





  『杵島岳』 の山頂部は火口縁をお鉢巡り出来るようになっている。

 この写真は上掲の標識部から火口縁の西端を写したものである。








                     往生岳
                       ↓





 上掲写真とは反対側に 『往生岳』 への登山道があるとの事だったので、私達はそちらに歩いて行った。

 この写真は火口縁をその方向に少し歩いた所で、前方に見える 『往生岳』 を写したものである。








『杵島岳』 火口縁の東側の眼下には、下写真のようにもう1つ火口跡があり、そこも火口縁を歩けるような踏み付け道がある。(後で説明するが行かぬ方が良い)

下の左写真はその眼下の火口跡を写したものである。 同じ景色をミヤマキリシマの咲いている季節である、昨年の5月にも写していたので、その写真も掲載する。

今回の景色
2005年5月24日の景色(少し霞が掛かっている)


 私達は今回の山歩きには地図の他に 『熊本県の山=山と渓谷社:2005年4月版』 も携帯していた。

 その本の 『杵島岳〜往生岳』 のページには 『杵島岳火口北縁』 から下りる道があるように書いてある。

 それでその付近を二人で 『往生岳』 へ下りる道を探したが分からない。

 それで少し下りればその道に出くわすかと思って、適当な所からカヤトの茂る草原の斜面に下りてみた。

 カヤトの斜面を下りながら、二人とも周りをキョロキョロして踏み付け道を探すが見付からない。

 左写真はそんな時にその斜面で見掛けたもので、狂い咲きした 『ミヤマキリシマ』 である。





 そんな風に踏み付け道を10分位?探していたが、分からなかったので苦労してお鉢巡りする道まで登り返した。

 そして半分諦めた気持ちで、歩いて来た道を引き返しながら、更に斜面に踏み付け道がないかを探していた。

 そうしたら或る所で写真のようなカヤトの中に、踏み付け跡らしき道を見付けた。

 それで、その道を少し下り始めると段々踏み跡がハッキリして来たので、

 私は途中でこの道に間違いない!と、確信した。

 しかし、この後からが大変だったのである。




踏み跡は途中で少し険しい所や迷う所が数ヶ所あったが、大体ハッキリしていた。

しかし、谷の向こうの 『往生岳』 の尾根に見えている、 『往生岳』 へ登る道が段々遠くなるのである。

『おかしいな〜?』 と思いながらも踏み跡を辿っていたのだが、とうとう 『杵島岳』 東側の火口底まで下りてしまった。(3つ前写真の火口跡の底まで)

どうやら私達は下りる途中で 『往生岳』 への分岐を見落としたようだった。 下の写真はどちらも火口底に着いてから、今まで歩いて来た方向を写したものである。

杵島岳山頂    杵島岳火口北縁
  ↓              ↓ 
   杵島岳火口北縁         踏み跡の道
        ↓                 ↓   .

 その火口底に着いてからも 『往生岳』 に登る道がないか?少し探してみたのだが、見付からない。

 それで 『往生岳』 への登山を諦めて、火口縁の踏み付け道を歩いて帰ろうと思った。

 その道はハッキリしていた。 しかし、道と云うより水が流れてえぐられたような感じの道である。

 そしてその両サイドは写真のように頭上にススキが覆い被さっていて、その高さは2m以上あった。

 それらを掻き分けて少し進むと、ススキが途切れたが、また少し進むと同じようなススキの中に入り込む。

 そんな事を3〜4回繰り返したが、この後も同じような道が続きそうだったので、

 そこに立ち止まり、オバさんと今日2回目の 『緊急サミット会議』 を開いた。



先々週の山歩き(扇ヶ鼻〜星生山)で、クマザサやススキ等を掻き分けて歩いた時に?ダニに食われて大変な思いをした事があった。

両首脳ともその事を思い出していたので、今回の 『緊急サミット会議』 も、結論が出るまでの時間は早かった。

この時の両首脳の発言の詳細を紹介すると、『引き返そうか〜?』、『ウン、そうしよう!』 と、たったこれだけであった。 前回の会議と同様に3秒位の会議時間だった。



現在、世界各地で国家間、民族間、宗教間で戦争や紛争が繰り返されている。 そのような国の首脳や指導者達は、私達を見習う訳にはいかないのだろうか?

『仲良くしようか〜?』、『ウン、そうしよう!』 と、戦争を止めて平和に暮らして欲しいものである。 平和主義者である私達両首脳はそうなる事を切に願っている!


 話が脱線したので元に戻すと、私達は下りた道を通って 『杵島岳』 に引き返す積もりで先程の火口底まで戻った。

 先程から二人とも話し声が聞こえるような気がしていたが、『杵島岳』 から下りる時も人影は全く見掛けなかった。

 それで空耳だろう!と思っていたのだが、左方に何と!火口底の中を歩いて来る4人の登山者が見えたのである。

 私達は麦茶を飲んだり身だしなみを整えながら、5分程待つとその方達が到着した。私と同年代位の男性4人だった。

 聞くと、その方達も道がハッキリ分からずに火口底の反対側に下りてしまったとの事で、

 火口底を縦断してここまで来たとの事だった。 火口底に下りるまでは、何回か藪漕ぎしたそうである。

 その方達も 『往生岳』 に登るとの事だったので、私達は1回は諦めたのだが、心強くなって一緒に登る事にした。



今度は6人で道を探しながら一緒に歩いた。 踏み跡は 『杵島岳』 に少し登り返した所で割りと簡単に見付かった。 何だか呆気なかった。

上の写真は、その方達と一緒に 『往生岳』 に登りながら 『杵島岳』 の方向を写したものである。

その写真の説明を少しすると、左側の下方に十字型の線があるが、横の線が火口底から歩いて来た道である。

また、このように少し離れた所から見ると、『杵島岳』 の尾根の途中から下りて来る細い踏み付け道が1本見えた。

この写真では少し見辛いが、『杵島岳』 の斜面に 『しわのような線』 が何本も見えている。 その1番下の線が 『杵島岳』 から 『往生岳』 に登る最短距離の道である。

こうして見ると、『杵島岳』 の火口北縁から火口底へ3分の1程?下りた所に分岐があるようだった。

私達は先程下りる時にその場所を歩いた筈であるが、気付かずに通過してしまったようである。



 この写真が 『往生岳』 の山頂標識である。 14時ジャストに着いた。

 『杵島岳』 の山頂から何と!1時間25分も掛かっていた。

 私達はこの標識の少し下でお湯を沸かし、インスタント味噌汁をすすりながら弁当を食べた。

 4人の方達もこの標識の所で昼食を食べてあったが、昼食を食べ終わると直ぐ帰られた。

 尚、この山に山頂標識があるが、この山の標高は1238mで?、最高点は奥の山にあるようである?







 私はオバさんがお湯を沸かしている間にその辺りを少し探索した。

  『杵島岳』 からもその山は少し見えているが、この 『往生岳』 山頂標識の少し先まで行くと、

 奥の方に左写真のような山が見えていた。 そして、その山の奥にはもう1つ山があった。

 私達は昼食後にその山頂まで歩いてみる事にした。

 この 『往生岳』 の山頂には誰もいないので、荷物等はそのまま広げた状態にして、私達は空身で行く事にした。





    往生岳   杵島岳
     ↓      ↓
 その山へは殆んど踏み跡等は無い。 しかし、上の写真のような草原なので適当な所を歩いたが牛の糞が多かった。

 そんな草原の中にも色々な花が咲いていたので、それらを撮影しながらゆっくり歩いたのだが、

 その山頂には10分弱で着いた。

 左写真がその山頂の写真だが、写真のように三等三角点の標識はあったが、山頂標識は無かった。

 山頂標識を立てた跡はあるのだが、山名を書いた標識が台風で?無くなっていて山名は分からなかった。

 それでこの山には私が勝手に 『往生U峰』 と名付けた。(笑)

 それからこの 『往生U峰』 が 『往生岳』 の最高峰らしく?その標高は1260mである。(国土地理院発表の標高)








 この写真は上掲の 『往生U峰』 の標識部から更に西方向にある山を写したものである。

 ついでだからこの山頂にも登って来る事にした。








 この山にも踏み跡等は無いので、草原の適当な所を歩いて行ったが、やはり牛の糞が多かった。

 その草原の中でも花を数多く見掛けたので、写真を撮りながらゆっくり歩いたが10分弱で着いた。

 しかし、その山頂部には三角点も標識を立てた跡も何も無かった。

 それでこの山にも私が勝手に 『往生V峰』 と名付けた。(笑)

 左写真はハッキリしていないが、その山頂から西方向の眼下に見えていた 『米塚=こめづか=954m』 である。

 尚、この 『米塚』 には野焼きの後に登るとお金が落ちていますので、皆さんも行ってみて下さい。(笑)

 ちなみに、お金を拾った時の様子は本HP内の 『我楽苦多雑記帳』 中、 『野焼きのあと』 に書いています。



『往生V峰』 では景色を眺め、風景写真を数枚撮ったら 『往生岳』 に戻った。

そしてそのままにしていた荷物の所でお湯を沸かし、コーヒーブレイクにした。 下の写真はコーヒーを飲みながら周りの景色を写したものである。

尚、上の写真も下の写真もハッキリせずに少しボヤけているが、この時は少し霞が掛かっていた為であり、別にデジカメの性能が悪い訳では無いと思う。(念の為)

それから、この時に景色を眺めていると先程通行止めになっていた 『阿蘇町営道路』 を車が走っているのが見えた。

どうやら私達が帰った後に交通規制は解除されたようである。 オバさんとどっちの山に登った方が良かったかな〜?等と話していた。

(南東方向の景色)
 高岳       中岳       .
 ↓        ↓       .
(左写真の少し右の景色)
中岳          御竃門山  .
↓             ↓   .
(左写真の更に少し右 = 南方向の景色)
  下の火口跡 烏帽子岳       . 
↓      ↓     .

    往生V峰 往生U峰 往生岳
        ↓     ↓   ↓
 『往生岳』 の山頂でコーヒーを飲んだら帰路に着いた。 『往生岳』 から下りる時には 『杵島岳』 へ登る最短距離の

 踏み付け道は見えていたので直ぐ分かった。 しかし実際に歩くと途中で踏み跡が薄くなって迷った所があった。

 その迷った場所からは上を目指して適当な所を登ったら、また道に出た。 それで今度はその最短距離の道は

 『杵島岳』 から下りる道のどの辺りに出るのかを気付けていた。 暫らく登ると 『杵島岳』 から下りる道に出たが、

 その分岐には道標等は無く、その道はカヤトに隠れていて大変見え辛かった。 それで、その道を下りる時に

 私達が気付かなかったのは仕方が無いな〜!と思った。 左写真はそんな風にして 『杵島岳』 に登り返す途中に、

 『往生岳』 の3峰が全部見える所があったので、写真に撮ったものである。



  この辺りに 『往生岳』 に下りる道がある
           ↓



 最短距離の分岐点から少し登ると、、『杵島岳』 のお鉢巡りの道に出た。

 それで、ついでにお鉢巡りをして帰る事にした。

 左写真はお鉢巡りの途中に西端のピークから反対側を写したものだが、

 写真の火口北縁のピーク辺りに 『往生岳』 に下りる道がある。 しかし、踏み跡があるだけで道標等は無い。






その後は 『杵島岳』 の山頂から下りる時も草原の中の踏み付け道を、花の写真を撮りながらゆっくりと歩いた。 車に帰り着いた時刻は16時半だった。



今日の山歩きをまとめると、

              (根子岳)       (大戸ノ口登山口)〜35分〜(上色見分岐)〜5分〜(根子岳・東峰山頂:休憩等=20分)〜20分〜(大戸ノ口登山口) で、

                            登山だけの所要時間は登り下り合わせて、ちょうど1時間で、万歩計は5616だった。

           (杵島岳〜往生岳)    (車)〜35分〜(杵島岳山頂)〜55分〜(下の火口跡)〜35分〜(往生岳山頂:昼食休憩=20分)〜10分〜(往生U峰)〜

                              〜10分〜(往生V峰)〜20分〜(往生岳でコーヒーブレイク=20分)〜45分〜(杵島岳山頂)〜30分〜(車) で、

                            登山だけの所要時間は登り下り合わせて、ちょうど4時間で、万歩計は16536だった。



今回の山歩きでは、見掛けた花は多かった。 下にそれらの花を掲載するが、特にリンドウは至る所で数多く見掛けた。

ヤクシソウ
ハネミギク or キクイモ?
アキノキリンソウ

シロツメクサ
シロヨメナ?
シモツケ

ゲンノショウコ
ワレモコウ
リンドウ


ミヤコグサ

花名はミラさんより
ヤマラッキョウ


ツクシアザミ



サイヨウシャジン
アザミの仲間?
ホソバノヤマハハコ

当初の予定では、今日は 『阿蘇五岳』 の内、3山を登る予定だった。 しかし 『中岳』 が立ち入り禁止の為に、別の山への変更を余儀なくされ、2山になった。

しかし、下記のようなルートで登れば 『阿蘇五岳』 を1日で登る事は可能だと思う。



1台の車で行った場合の1例として

              1.まず今日、私達が登ったようなルートで 『根子岳・東峰』 をピストン(往復)する。

              2.下山後に車で 『砂千里ヶ浜』 に移動して 『中岳〜高岳』 をピストンする。

              3.『砂千里ヶ浜』 に下山後に、また車で 『草千里』 まで移動して 『烏帽子岳』 をピストンする。

              4.下山後にまた車で少し移動して、最後に 『杵島岳』 にピストンする。

こうすれば日の長い夏場なら、1日で 『阿蘇五岳』 全部を登り切る事は可能だと思う。

上記の例は 『涅槃像=ねはんぞう=お釈迦様が横たわってある姿=阿蘇五岳の別名』 の頭から足の方へ順番に登る場合の1例であるが、その逆も可能だと思う。



また2台の車で行き、事前に1台の車を配置しておけば、上記とは違ったルートをもっと効率の良い登山が出来るかも知れない。 例えばその1例として

              1.まず 『杵島岳』 をピストンする。

              2.下山後に車で 『草千里』 まで移動して 『烏帽子岳』 をピストンする。

              3.下山後に車で 『砂千里ヶ浜』 まで移動して 『中岳』〜『高岳』 と縦走して 『日ノ尾峠』 に下りる。

              4. 『日ノ尾峠』 からは配置していた車で 『大戸ノ口登山口』 に移動して 『根子岳・東峰』 をピストンする。

私達にはそのような登山を成し遂げる気力は無いが、興味のある方や遠方から登山に来ている方で、登山日を何日も取れないが、

1日で 『阿蘇五岳』 や数多くの山に登りたい方等が挑戦すれば面白いのでは?と思う。

但しこのような登山をする場合は、まず自分の体力に相談し、飽くまでも全て自己責任で実行して下さい。



  往生U峰    往生V峰     杵島岳
     ↓        ↓         ↓





 帰路に 『阿蘇パノラマライン』 を下りていると、今日私が勝手に名前を付けたばかりの

 『往生U峰』 と 『往生V峰』 が右手にそのなだらかな山容を見せていた。








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