白峰三山縦走・一日目(広河原〜肩の小屋)



2014年(平成26年)7月22日(火曜日)  晴れ  弱風


今回は遂に、私達にとっては 『憧れの地!』 と言うか、『禁断の地!』 と言うか、とにかくその中に足を踏み入れてしまった。(笑)

私達は今迄に2000m以上の山に登った事が無い。

九州本土の最高峰はくじゅう・中岳の1791mなので、私達が今迄に登った最高峰は四国・石鎚山(1982m)で、次いでは四国・剣山(1955m)、

屋久島・宮之浦岳(1936m)等であった。

その様にまだ2000m以上の山に登った事が無い私達が、今回は今迄の最高峰より1000m以上も高く、

その上に恐れ多くも日本で2番目に高い 『北岳=3193m』 に登り、そして日本で3番目に高い 『間ノ岳=3190m』 から 『農鳥岳=3026m』 へと

3000m以上の山を縦走する計画を立てたのである。


で、あるからして色々な不安があった。

その1番は、高山病に対する恐怖だった。

事前に色々なもので調べた結果、鼻腔拡張テープだけは購入したが、それは遂に1回も使わず仕舞いだった。

酸素は一時しのぎで、切れたらその後が更に苦しく成る!との事だったので、準備しなかった。

それよりも呼吸の仕方を、ローソクの火を消す様な積もりで唇を尖らせて大きく吐いた後に、鼻から息をゆっくり吸い込むと高山病に成り難い!との事だったので、

思い出した時だけはその様にして歩いたが、多くは普段と一緒だった。

その様に高山病に対する恐怖が有ったが、結果的には1日目の肩の小屋に登る途中で、オバさんは一時足が上がらなく成り、私は太ももが攣りそうに成ったのと、

1日目の肩の小屋で二人とも少し頭が痛いかな〜?と思った程度で、他の日は高山病の症状は全く出なかった。


前置きはこれ位にして、それでは以下から今回の山旅を紹介します。

1/5万 地形図上でのGPS軌跡
青色緯線・経線は1分間隔 緯線1分間の距離=約1850m、経線1分間の距離=約1500m) 水色の斜線は磁北線


 .

緯  度  .
35°42′00″



35°41′00″




35°40′00″




35°39′00″



35°38′00″




35°37′00




35°36′00″




35°35′00″
                       138°  138° 138° 138° 138° 138° 138°
                          13′   14′  15′  16′  17′  18′  19′
 度                           00″   00″  00″  00″  00″  00″  00″




 これが奈良田第1駐車場横にあるバス停である。

 綺麗な水洗トイレが完備されているこのバス停には、5時少し前から登山者が並び始めた。

 前夜から第1駐車場に車中泊していた私達も、5時過ぎにはその列に加わった。

 5時15分頃、広河原行きのバスが2台やって来たが、1台目のバスに座れなかった写真の人達は2台目に乗った。

 定刻の5時30分に発車したバスは、500m位離れた所にある第2駐車場に立ち寄った。







 ここが広河原のバス停で、標高は1520mのようである。

 広河原には6時20分頃?着いたが、他の場所から来たバスと一緒になり、一時は大勢の登山者で溢れかえった。

 尚、奈良田→広河原のバス料金は 『1030円+協力金100円/1人』 だった。

 私達はバス停広場の周囲にあるベンチに腰掛け、お湯を沸かしてコーヒーを飲みながら朝食(パン等)にした。

 その後、この広河原を出発した時刻はちょうど7時だった。




                    北岳山頂
                       ↓









 広河原からは大きな渓流沿いの舗装道路を歩いて行ったが、

 5分位した所からは快晴の下に、目指す北岳の山頂が見える所があった。


















 出発して10分弱で大きな渓流に架かる吊り橋を渡ったが、

 写っている女性は偶然に私の少し後を歩いていた、全く見ず知らずの若くて綺麗でスマートな山ガールです。(爆)














 吊り橋を渡った所には山小屋?があったが、登山道はその横から樹林帯の中に入って行った。












 広河原を出発して30分位で分岐標識のある場所に着いた。

 この場所は最初のGPS軌跡図で、『白根御池分岐』 に当たる。


 私達は直進した道(白根御池方面)に進んで行ったが、左折すると雪渓や痩せ尾根のある

 大樺沢や八本場のコルを経由して北岳や北岳山荘に行ける様である。


 尚、ここに着く迄の間に他の登山者から聞いた話であるが、

 2日前(20日)に八本場のコルで滑落事故が起きたそうである。(コワ!)







その後の登山道は下の様な急坂が続いていた。

樹の根の階段
ハシゴの階段





 上の様な急坂を30分強登り切った所にはベンチや倒木があり、

 そこでは同年代の御夫婦が中学1年生の孫と一緒に休憩中だった。


 出発して1時間強が経っていたので、私達もそこの倒木に腰掛けて10分ほど休憩した。













 その後の急坂を登っている時にふと振り返ると、後方にも高山が見えていたが山名等は判らない。








その後は下の様な所を通りながら徐々に高度を上げて行った。


               北岳山頂
                  ↓






 そして広河原を出発して2時間40分で、『白根御池小屋』 に着いた。


 ここには方々にベンチがあり、大勢の登山者が休憩していた。


 私達もテントサイト横のベンチに腰掛けて、目指す北岳山頂を眺めながら

 行動食を食べて喉を潤し、30分程ゆっくりと休憩した。















 上写真で小屋の左側部分に小さく写っているが、白根御池小屋には無料の水場があったので、

 私達は其々1リットルずつ補給させて貰った。(感謝!)







                        北岳山頂
                          ↓


 これは白根御池小屋を出発時に写したものであるが、

 標識に書いてある様に標高は2230mとの事で、広河原からは710m登った事になる。


 しかし、今日の目的地・肩の小屋(標高3000m)迄は

 あと770mも登らなくてはいけない様である。(フ〜ッ!)


 ところで、私達は知らない内にこれまでの自己最高を更新していた。

 前記した様に私達の今までの最高は四国・石鎚山の1982mなので、この場所ではそれを

 既に250mほど上回った事になり、これからの一歩一歩は自己新記録の更新になる。


 尚、標識の直ぐ後ろに写っている白い物は雪渓である。









 上写真から1分ほど進むと分岐標識があり、ここで左折すると大樺沢二俣に行ける様である。


 私達の直ぐ前を歩いて行った単独の男性はそちらの道へ進んで行ったが、私達は草すべり方向に直進した。














 これは白根御池小屋を出発して20分程の所で下方を写したものであるが、

 雪渓の左上に白根御池小屋の屋根が少しだけ写っている。


 尚、この付近からオバさんが少しずつ私から遅れ始めた。

 尋ねると、疲れて足が上がらない!との事である。(後から考えると軽い高山病だったかも?)













 しかしその後も急登が続いていたので、私達は何度も休憩しながら登っていた。


 またその付近では若い女性二人も私達と同様に、疲れた〜!と言って度々休憩を取っていたので、

 お互いが休憩している時に何度も追い越したり追い抜かれたりし、お互いに励まし合いながら登っていた。












 その様にして白根御池小屋から1時間20分ほど登ると、

 白根御池小屋から北岳の左側に見えていた稜線が同じ位の高さに見え始めた。











 更に10分ほど登ると、樹皮が剥がれ掛かったダケカンバの樹を多く見掛けるようになった。


 後日、一緒になった登山者から聞いた話であるが、

 昔の山男はこの樹皮にラブレターを書いて想い人に渡していたそうである。

 私はその話を聞きながら、『昔の山男は中々粋な事をするな〜!』 と感心していた。


 またダケカンバの樹皮には油分が多いので、焚火等をする際の着火剤として

 使用されていた!との事であった。















 更に高度を上げると、幹が大きく湾曲して成長しているダケカンバ林が暫らく続いた。


 この付近は冬の積雪量が半端では無いのだろう?と思ったが、

 あとから他の登山者の方に尋ねると、強風の影響も有ると思います!との事だった。















 白根御池小屋を出発し、度々の休憩も入れて2時間30分ほど登ると、お花畑に出た。


 説明板にある写真と同じ角度で写してみたが、保護柵の中の 『シナノキンバイ』 の群生は

 紹介写真の1995年頃と殆んど同じ位に戻っているのでは?と、私は思った。


 ところでこのお花畑に着く少し前位から、私は太ももに少し痛みを感じていた。

 それで太ももにエアーサロンパスを吹き掛けたりして、ここで10分ほど休憩した。














 これはお花畑付近で見掛けた 『ハイマツ』 の赤い花であるが、

 九州ではハイマツは見掛けないので?、私はハイマツの花を初めて見た様に思う。

















 またお花畑付近には分岐標識があったが、ここで左折すると大樺沢二俣に出る様である。






















 これはお花畑から30分ほど登った所の景色であるが、

 登山道の両側にはシナノキンバイの花が群生していた。





















 これは更に15分ほど登った所から、下方の景色を写したものである。


 この様にかなり長時間、シナノキンバイの群生地を登って行った。












 お花畑から上の様な花の群生地を1時間近く登ると、平らな場所に出た。

 その途中で何度も太ももが痛く成った私は、ここに着いた時は今にも太ももが攣りそう!な感じだった。

 それでエアーサロンパスを吹き掛け、痛みが治まるまで10分ほど休憩したように思う。

 夫婦とは不思議なもので?、お花畑付近までは 『こんなにバテタのは初めて!』 と言っていたオバさんは私の体調が

 おかしく成るとそのバテはどこかに吹き飛んだようで?、その後は疲れた様子も無く、私の介抱に当たっていた。

 私はその様にこの場所では暫らく腰掛けて動かなかったので、分岐標識等は見掛けなかったが、

 この場所が 『小太郎分岐点』 ではないか?と思った。


        仙丈ヶ岳                       甲斐駒ヶ岳
          ↓                             ↓







 これは太ももの痛みが治まってから、少し進んだ所で写したものである。


 ハイマツの中を登山者が歩いていて、その後方には仙丈ヶ岳や甲斐駒ヶ岳が聳えていた。


 これが青空の下であれば 『絵に成る風景だな〜!』 と思いながら私は写真を撮っていた。










その後は中小の岩の多い尾根歩きが多くなって来た。

この付近でも私は少し歩くと太ももが攣りそうになるので、休憩する時間が大変多かった様に思う。(後から考えると、軽い高山病だったかも?)

猿が居た                .
↓                 .




 









 この写真を写した時刻を見ると、先程の小太郎分岐点?に到着してから1時間5分後だった。


 標識にある様に小太郎分岐点までは約15分になっているので、

 私は小太郎分岐点からここまで進むのに50分も休憩していた事になる。(自分でも驚!)
















 その様にゆっくり休憩したのが良かったのか?、その後は太ももが攣りそうに成る事は無く、

 上写真の標識に書いてある様に15分弱歩くと、前方に肩の小屋が見え始めた時はとても嬉しく、そしてホッ!とした。
















 これが今日の目的地である 『北岳・肩の小屋』 である。


 到着時刻は15時ちょうどで、広河原を出発して何と!8時間を要していた。













 今日の山歩きをまとめると、

      広河原(7:00)〜白根御池小屋(9:40/10:10)〜お花畑(12:40/12:50)〜

      小太郎分岐点(13:40/13:50)〜肩の小屋(15:00)で

      総所要時間は8時間ちょうど、万歩計は写真の様に17540だった。

 8時間も歩いた割には歩数が少ないな〜?と思ったが、それは急登部分が多くて歩行スピードが上がらなかったのと

 休憩時間が多かった勢だと思う。(休憩時間は合計で2時間以上あったのではなかろうか?)








 小屋の入口で受付けを済ませて 『8000円/1人 = 一泊二食付き』 を支払い、

 指示された2階に上がると、写真の様な状況だった。


 肩の小屋の収容人数は150名らしいが、この2階の大部屋は両壁側の4人ブースが

 7〜8列位?あり、その中間にも2人用が4〜5列位?あったので、

 全部で80人位の定員かな〜?(混雑時はここに何人位寝るのだろう?)と思ったが、

 当夜寝る時は満席だった様に思う。









 私達に指定されたブースは、『Bの通路側』 の15番と16番だった。

 奥の13番と14番には既に先客のザックが置いてあり、暫らくすると戻ってみえたが、

 東京・八王子市の中年御夫婦だった。

 私達が初めて南アルプスや北アルプス等に登る事を告げると、

 この御夫婦は何度もそれらの山には登ってある様で、色々なアドバイスを貰った。(感謝!)


 尚、敷布団は1枚・毛布は5枚ずつあったが、混雑時は1枚の敷布団に二人寝るのだろう?

 当夜は混雑して無かったので、それら全部を各自が独占出来た。

 それで私達は敷布団の上に毛布を2枚敷き、上には綺麗な毛布を3枚重ね、

 その間に寝たので寒い事は全く無く、少し暑く感じる位だった。












 肩の小屋では水は有料(1L=100円)で、私達が行った時は行列が出来ており、

 写真の料金箱に硬貨を入れるシステムに成っていたので、私達は2Lの水を補給した。


 またトイレも料金箱に協力金を入れるシステムに成っていた。















 テントサイトは小屋の1段下部分にあり、当時刻は10張り近くあった。


 テントサイトに下りる所には写真の様な標識があり、水場まで往復30分の文字があった。

 この水場に行った人がいたので尋ねてみると、『急坂で疲れました〜!』 と言ってあった。


 尚、テントサイト上の法面はお花畑で、周囲にはロープが張られ立入禁止に成っていたが、

 その中には 『クロユリ』 や 『キタダケソウ』 等が咲いていた。
















 小屋でので受付け時に、私達の夕食は第1班で16時半頃になります!と言われていたが、

 16時15分頃には第1班は食堂に降りて下さい!との案内があった。


 写真が食堂で、1階受け付け奥の左側にあり、50人位が同時に食事できる広さだった。











 これが夕食で、おかずは魚とシュウマイ等だった。

 ご飯と味噌汁はお代わり自由で、私は8時間も歩いた勢か?、お腹が減っていて

 ご飯半分と味噌汁をお代わりし、ペロリ!と食べてしまった。(笑)

 尚、計画時の私は 『山小屋での夕食前や就寝前には飲もう!』 と思っていたのだが、

 事前に調べると 『高所で飲酒すると、高山病にかかり易く成る!』 との事であった。

 今回の山旅にはウイスキーや自家製梅酒を持参していたが、『それらを持ち上がれば絶対に

 飲みたくなる』 と思ったので、山小屋では絶対に飲めない様にザックに入れなかった。

 夕食時、私達の正面には登る時、お互いの休憩時に何度も追い越したり追い抜かれたりした

 若い女性二人が座った。 そしてその内の1人が生ビールを注文し(900円)、

 私の目の前で、途中でハァ〜!とため息を出しながら実に美味しそうに飲み始めた。




飲みたいのをじっと我慢していた私は、この時ばかりはその若い女性をブン殴りたく成りましたね〜!(笑)

それにしても、若い時に盲腸の摘出手術で入院した時の病院夕食よりも早い、16時20分頃の夕食はこれ迄の人生で1番早い夕食だった!と思います。(笑)

                    富士山
                     ↓










 夕食後に外に出ると、南東方向には富士山の山頂部が少しだけ見えていた。






















 そして北西方向には 『南アルプスの女王!』 と呼ばれている

 『仙丈ヶ岳=3033m』 の堂々たる姿があった。





















 その後は2階の大部屋で周囲の人達とダベリングしていると、

 『夕陽が沈む!』 との声に大勢の人が外に出た。





















 当日の夕陽は、仙丈ヶ岳の左横に沈んで行った。


 凄く綺麗でしたが、とても寒く、私達はダウンを着てから見物していました。














 これは夕陽見物後に、食堂の壁に掛けてあるBSテレビ画面を写したものです。

 当時刻は19時前のNHK天気予報だった。

 それに依ると、写真の様に明日以降も好天が続くようだった。(ホッ!)


 それから関東甲信越地方は今日(22日)梅雨明けした!との事だった。

 この22日の梅雨明けは私の予想通りだったので、私はそれを聴いて何だか嬉しく成った。


 その後は2階で暫らくダベリングしていたが、19時半頃にはランプが消えて真っ暗に成った。

 私は疲れの為か?、直ぐに爆睡したようである。






下に今日の山歩き中に見掛けた花をまとめて掲載します。

尚、花名には自信は有りませんので、予め御承知置きください。

ホタルブクロ
キジムシロ or ミヤマオトギリ
タカネグンナイフウロ

イブキトラノオ
カラマツソウ
ミヤマハナシノブ

チングルマ?
シナノキンバイ
キバナノコバノツメ

ハクサンフウロ
ヨツバシオガマ or タカネシオガマ
マルバダケブキ

ワチガイソウ
ハクサンチドリ
ハクサンハタザオ

アオノツガザクラ
イワカガミ
ハクサンイチゲ

タカネヤハズハハコ
コケモモ
タカネツメクサ

ツガザクラ
イワベンケイ
ハクサンシャクナゲ









 このクロユリはテントサイト上の法面の、ロープで囲われたお花畑内に咲いていたものです。


 今回の山行ではこのクロユリを是非見たい!と言っていたオバさんは大変喜んでいたが、

 思っていたより小さな花だね〜!と言っていた。



















 まだ蕾のクロユリも沢山ありました。
























 キタダケソウも1株だけありました。













この後は翌日(7月23日)の 『白峰三山縦走・二日目(肩の小屋〜農鳥小屋)』 に続きます。

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