石見銀山周回(仙ノ山〜山吹城跡)


2010年(平成22年)10月16日(土曜)   晴れ   弱風


今回は中国地方へ観光を兼ねた山歩きに行く事にした。

2007年7月に 『石見銀山』 が世界遺産になった時から 『何時かは行こう!』 と思っていたのだが、2日ほど前にそれを思い出したので、

図書館から 『石見銀山』 の本を借りて来て計画を練り始めた。

しかし私達が観光だけをする筈は無く、別にちゃんと 『島根県の山』 の本等も借りて来ていて、そちらの山歩きをメインとする3泊4日の行動計画を立てた。



15日は移動日にし、翌16日はまず 『石見銀山』 を歩く事にした。

大体の計画は立てていたのだが詳細や最新情報を聞こうと思って、まず 『世界遺産センター』 に行き、職員の方から所要時間等の色々な情報を仕入れた。

その情報の中には 『最近、仙ノ山付近で熊の目撃情報が数件あったので注意して下さい!』 との恐ろしい最新情報も含まれていた。

最近は各地で熊が出没し、人的被害も多発しているとのテレビニュースを連日のように見ていた。

それでドキッ!とし、一瞬 『山歩きは中止しようかな!?』 と思ったが、更に詳しく聞くと目撃された熊は1頭だけで、いずれも 『仔熊だけだった!』 との事だった。

それで 『仔熊だけなら戦っても少し怪我する位で、何とか勝つだろう!』 との楽観的予想をし(笑)、予定通りに山歩きを実行する事にした。

1/25000地形図上でのGPS軌跡(一部に軌跡のおかしい所と途切れている所があります) 緯度・経度とも10秒間隔で黄色の線は磁北線

                        東屋
                         ↓

 世界遺産センターの職員や警備員の方に 『熊が出たら電話をしますので、その時は走って助けに来て下さい!』 との

 伝言をし(笑)、二人ともザックの後ろに用意していた鈴を付け、チリンチリン!と鈴音を響かせ、

 写真の世界遺産センターを出発した時刻は9時15分だった。


 写真では建物が良く見えないが、矢印下の山頂部分に下写真の東屋が見えていたので、

 まずはそこに向かって登って行った。











 出発して5分程で東屋に着いた。















 その後の登山道は写真のように良く整備された階段だった。















 上写真のような階段を5分ほど登ると、左写真の展望台に出た。









その展望台に登ると、下写真のような景色が見えていた。

東方向の景色で、彼方に三瓶山
西方向の景色で、次に登る予定の山吹城跡




 展望台の横には舗装林道が走っており、その後はその舗装林道を歩いて行った。



 尚、下山後に銀山遊歩道を歩いている時に分かったのだが、この林道の入り口部分には車止めがしてあったので、

 普段は一般車両は通行できないようである。






そんな林道脇では下写真のような花等を見掛けた。

アキチョウジ
山椒の実
ナギナタコウジュ







 そのような林道を30分ほど歩くと林道終点になり、そこには写真のように綺麗なトイレがあったが閉鎖されていた。









林道終点周辺は下写真のように広い台地状の 『石銀(いしがね)千畳敷』 と呼ばれている場所で、最盛期にはここで2千人もの労働者が銀採掘をしていたそうである。

そこでは現在も 『石銀集落跡』 や 『間歩(坑道の事)』 の発掘調査が行われているようで、下・右写真のようなブルーシートが方々にあった。

石銀千畳敷の風景−1
石銀千畳敷の風景−2
石銀千畳敷の風景−3

ところでガイド本等では 『仙ノ山』 の登山口はこの 『石銀千畳敷』 の一角にあるとの事だった。

それでこの広い 『石銀千畳敷』 の周囲を二人で注意しながら歩いたが、登山口が分らなかった。





 そのようにして登山口を探している時に、1番の番号が付いた写真の間歩を見掛けた。



 ちなみに、現在番号の付いている間歩は600以上あるそうである。












 『仙ノ山』 の登山口は 『石銀千畳敷』 を2周しても分からなかったが、

 3周目にやっとその目印となる、写真の 『石銀千畳敷の解説版』 を発見した。








  仙ノ山への登山口      石銀千畳敷の解説板
        ↓                  ↓



 その 『石銀千畳敷の解説版』 の前には 『仙ノ山』 の登山道を切り開く時に切り倒した孟宗竹が

 写真のようにうず高く積まれていた為に見えなかったのである。



 尚、写真の左端部分が仙ノ山への登山口だが、そこには登山口を示す標識等は何も無かった。











 孟宗竹林の中にあるその登山道は入口部分はかなり広いが、

 少し進むと写真のようにやっと人一人が通れる程の狭さになった。










 上写真のような登山道を10分ほど登ると、『仙ノ山=538m』 の山頂に出た。

 山頂には三角点があるだけで山頂標識は無く、周囲は写真のように樹木に囲まれているので展望は全く無かった。



 私は 『もしかしたらこの山頂の茂みの何処かに熊が潜んでいるかも?』 と思ったら少し気味が悪くなったので、

 この写真を1枚撮ったら直ぐ下山する事にした。(猫位の大きさの仔熊なら、まぁ勝つ自信はあるけどネ!・・・笑)











 下山道の入口は 『石銀千畳敷』 を横断した所に、写真のような看板があった。















 下山道は最初は竹林の中を通るが、そこを過ぎると写真のような雑木林になった。















 そんな登山道脇には114番の番号が付いた間歩もあったが、写真のように埋められていた。











 『石銀千畳敷』 の下山口から20分弱下りると 『佐毘売山(さひめやま)神社』 の境内に着いたが

 そこには写真のような看板があった。



 その看板に書いてある熊の絵を見ると、縫いぐるみのように可愛らしい仔熊では無く、恐ろしい熊相をした熊だった。

 それで、『こんな恐ろしい熊相をした熊だったら勝てないかも知れないな〜、遭わなくて良かった〜!』 と思った。(笑)











 境内を見渡しても熊はいないようだったので、私達はこの境内に腰掛けて行動食を食べながら15分近く休憩した。












 『佐毘売山神社』 から下りたら、そこから5分ほど離れた所にある 『龍源寺間歩』 に向かった。


 次に登る予定の『山吹城跡』は、『龍源寺間歩』 の少し手前側に登山口が有るとの事だった。


  『龍源寺間歩』 の100m位?手前に写真のような登山口標識があったので、そこから 『山吹城跡』 に登り始めた。












  『山吹城跡』 の登山道は、殆んどが写真のような階段だった。














 登り始めて15分程で中間地点を通ったが、そこには写真のような東屋があった。
















 更に15分弱、階段の多い登山道を登ると、

 写真のような 『山吹城跡(要害山)=414m』 の山頂に着いた。



 山頂部は広場になっていて、要所に展望解説版があった。











下写真は東方向の景色で、直ぐ目の前には先程行った 『石銀集落跡』 や 『仙ノ山』 が、そして遠くには明日登る予定にしている 『三瓶山』 が見えていた。

三瓶山                      石銀集落跡      仙ノ山
 ↓                           ↓           ↓
三瓶山のUP


            高山           琴ヶ浜
             ↓            ↓



 西側は日本海方面で、そちらには昨日行った

 『琴ヶ浜』 や 『鞆ヶ浦港』 等の景色が見えていた。



 私達は誰もいない山頂に傘シートを広げて座り、

 周りの景色を眺めながら30分ほど昼食休憩をした後、一気に下山した。



 下山後は観光客の往来が多くなり、ザックの鈴音は騒音になるので外す事にした。









 『山吹城跡』 から下山後は直ぐ近くに有る 『龍源寺間歩』 を見学する事にしていた。


 今朝、『世界遺産センター』 に寄って職員の方から聞いた説明に依ると、

 他にも見学できる間歩は幾つか有るが、それらの間歩は見学ツアーに申し込まないと入場出来ないそうで、

 一般から見学できる間歩はこの 『龍源寺間歩』 だけとの事だった。


 それで、入場料400円なりを払って見学する事にした。

 写真が 『龍源寺間歩』 の入口部で、その横にも小さな間歩が幾つかあった。


下写真が龍源寺間歩内の写真で、坑道の幅は0.9m〜1.5m、高さは1.6m〜2.1mとの事で、ノミと金槌だけで手掘りした跡が当時のままの状態で残っていた。

龍源寺間歩の中−1
龍源寺間歩の中−2

メイン坑道からは下写真のように、小さな枝坑道が幾つも横に掘られていた。

支坑道−1
支坑道−2

間歩内をゆっくり見学しながら10分弱進むと、下写真のように広くなった場所に出た。

入口から160m地点にある広場で、左が出口
広場にあった解説版












 出口への通路はこの間歩を公開する為に、

 広く掘り直した歩道のようで、

 そこには当時の色々な採掘作業の様子を描いて解説してあった。















下写真はそんな解説版の一部である。

鉱石を運ぶ解説
坑木を組む解説
水をくむ解説


 これが 『龍源寺間歩』 の出口で、この横にも小さな間歩の跡があった。


 尚、この出口部分にも小屋とトイレがあったが、小屋からはこちら側からは入場できないように監視がされていた。


 そのように監視してあると言う事は、入場料を払わずに出口から入ろうとする輩が多いと云う事なのでしょうね〜?


 ですから、この山行記の読者諸兄姉は間違っても良からぬ考えは起こさないように〜!(笑)








 『龍源寺間歩』 見学後は 『銀山遊歩道』 を歩いて行った。



 その遊歩道ではガイドさんに引率された、写真のような見学ツアーと方々で一緒になった。

 今日は土曜日なので、ツアー客も多い?ようだった。










 『龍源寺間歩』 を歩いていると、『清水谷精錬所跡』 の案内標識があったので、そこも見学して来る事にした。



 写真が 『清水谷精錬所跡』 の風景であるが、棚田のように何段もの石垣が組まれていた。












 私達は 『清水谷精錬所跡』 の最上部まで登ったが、

 そこには更に上に登る写真のように真新しい階段があったので、ちょっと行ってみる事にした。








15分ほど山道を登ると、下写真の 『清水寺跡』 や 『蔵之丞坑』 等があった。

清水寺跡
行き止まりにあった、蔵之丞坑







 その後はまた銀山遊歩道まで戻り、写真の 『五百羅漢』 の前を通った。














 『五百羅漢』 から5分強進むと、道路の右側に写真のように 『⇒世界遺産センター』 と書かれた小さな案内板が

 あったのでそこから右折した。














 右折した道は途中から山道になり、最後は写真のような階段になった。













 上写真の階段を登り切ると、世界遺産センターの1番奥の部分に出た。



 今朝、出発する時に話した警備員の人に会ったので、『熊が出なくて残念だった!』 と笑いながら報告した。








今日の山歩きをまとめると、

    世界遺産センター(9:15)〜石銀千畳敷で登山口探し(10:05/10:30)〜仙ノ山(10:40)〜佐毘売山神社で休憩(11:10/11:25)〜

                      山吹城登山口(11:35)〜山吹城跡(12:00/12:30)〜龍源寺間歩(12:45/13:10)〜清水谷精錬所跡(13:40/13:50)〜

                      蔵之丞坑(14:05)〜世界遺産センター(15:00)、総所要時間は5時間45分で、万歩計は16389だった。





おまけとして、世界遺産の一部に入っている 『鞆ヶ浦港』 には前日(15日)に行ったので、その時の写真を掲載します。







 この海岸は 『鳴き砂』 で有名な?『琴ヶ浜』 で、『鞆ヶ浦港』 は写真の右端部分にある。













 写真は 『琴ヶ浜』 で、砂をキュッキュッ!と鳴らしながら歩いているオバさんである。



 尚、鳴き砂は砂浜のどの部分でも鳴る訳では無く、その時の波打ち際近くでしか鳴らないそうである。







下写真はその後に行った、鞆ヶ浦港の様子である。

鞆ヶ浦港の解説版
鞆ヶ浦港の景色

鞆ヶ浦港には釣り人が多く、広島や神戸や大阪ナンバーを付けた車もあった。

釣り人の一人に何が釣れるのか?を尋ねると、その人は 『アオリイカ?』 を狙っているとの事だった。

そこで何時間釣っているのか?までは聞かなかったが、まだ1匹も釣れていなかった。(笑)









 それから上・右写真の先端部まで行ける道があったので、そこまで行ってみたが、

 その先端部の下は写真のように、打ち寄せる波に因り空洞になっていた。



















 上写真の空洞部の上まで行ってみると、

 そこには写真のような 『鵜島厳島神社』 の小さな社があった。



 尚、後方に見えている海岸は先程の 『琴ヶ浜』 である。


















 『鵜島厳島神社』 の前から反対側の空洞部分を見下ろすと、

 岩の上には黄色の花が咲いていて、

 その下には写真のように白く泡立った波が打ち寄せていた。







 この後は翌日(17日)の 『三瓶山周回』 に続きます。




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