小 川 岳(1542m)


2005年11月13日  晴れ  微風


今日登りたい山の候補は幾つか有った。 しかし、昨夜の天気予報では翌日の天気は下り坂で、九州中部から南部に掛けては昼過ぎから雨の予想だった。

それで昨夜の時点では、昼からも雨が降らないと予報されていた第3候補である北九州方面の山を登る予定にしていた。

本当は今日登りたい山の第1候補は、九州南部にある霧島連山への紅葉登山だった。 この霧島連山への紅葉登山は先週より狙っていた。

しかし先週のその日は一日中雨予報だったので、登山には行かなかった。



それでもし今日の天気が良ければ霧島連山に登ろうと思っていたのだが、昨夜寝る時はその様な天気予報だった為に、翌日は自宅から近い第3候補である

北九州方面の山に登る積もりで寝たのである。 それで少し気が抜けていたのか、二人とも今朝の起床が遅くなった。

起床後しばらくして放送された天気予報を見ると、九州南部の降雨予想は大幅に時間が遅くなり、夕方以降になっていたので霧島登山に行っても良かった。

しかしその時は霧島登山に出発するにはもう遅過ぎる時間になっていた。

それで早朝よりオバさんと緊急サミット会議を開き、急きょ第2候補で九州中部(熊本県と宮崎県との県境)にある 『小川岳』 に登る事にしたのである。



自宅を出発したのが6時45分だった。

6時50分には久留米ICに入り、御船まで約80kmの距離を九州高速道路を快調に飛ばして、御船ICを出たのが7時40分だった。

しかし 『小川岳』 の登山口はこれからが遠いのである。 ガイド本等によると1時間40分位掛かる!と紹介されていた。

美里町にあるの写真の 『霊台橋』 で5分ほど休憩し、再出発したのが8時15分だった。

重要文化財・霊台橋
霊台橋のUP

そして更に40分ほど走ると目指す 『小川岳』 の近くの緑仙峡に着いたが、緑仙峡には宿泊研修施設である 『緑仙峡清流館』 がある事を知っていたので、

どんな所か見に行く事にした。 『緑仙峡清流館』 は元清和村立・緑川小学校を改修して作られたものである。

『緑仙峡清流館』 に付いての詳細は次のURLを参考にして下さい。(緑仙峡清流館URL=http://www.vill.seiwa.kumamoto.jp/siwhtml/Sisetu/Seiryu.htm

緑仙峡清流館の入り口
緑仙峡清流館の全景

上の 『緑仙峡清流館』 の少し手前で道は分岐している。 右の道を50m位下りると上の 『緑仙峡清流館』 の入り口で、左の道を登ると 『小川岳』 の登山口へ行く。

 その分岐から左の道を20分ぐらい走ると、また写真の様な分岐があった。

 写真では良く見えないが、案内板の最下部に赤色で矢印が記入してあった。

 写真でも良く見えないが、肉眼でも良く見えなかったので二人とも車を降りてその矢印を確認に行った。

 そうしたら二人とも矢印は右を指している様に見えたので、右の道へと進んだ。

 そうしたら少し走ると部落の中を通り抜けて最後は個人宅の庭に入り込み、行き止まりになってしまった。

 それで大変苦労してUターンし、写真の分岐地点に戻ったら、

 目の前を登山者が乗った6〜7台の車が通り過ぎて行った。 『シマッター!』 と思ったが、もうどうしようも無い。

 シマッター!と思ったのは私が持っているガイド本によると登山口駐車場は狭くて、4〜5台しか駐車出来ないと記載してあったからである。



 それで登山口駐車場の下の方で、写真の 『小川岳登山道入り口』の 標識がある広い曲がり角部分に駐車して

 そこから歩く事にした。 そこに着いた時刻は9時25分で、走行距離は自宅から145kmだった。

 高速道路の御船ICを出てから、66kmの距離に1時間45分も掛かっていた。

 身支度して車を出発したのは9時40分だった。

 今日はツイテ無いかも知れないな〜!等と言いながら歩き始めた。









 途中まで舗装されている林道を15分ほど歩くと、登山道入り口の駐車場に着いた。

 そこには先程の団体の車を入れて11台が駐車していた。 一番奥に久留米ナンバーの車もあった。

 無理すればもう1台位は駐車出来たかも知れないが、他の車が出にくくなるので、下に駐車して正解だろう。










 その駐車場を過ぎると、写真の様に先程の団体の後ろ姿が見えた。

 その団体には直ぐ追い着き、話しながら10分ほど一緒に歩いた。

 その団体は熊本市の病院関係の方達で、20数名だった。

 登山道の少し広い場所で、追い越しても良いですよ!との言葉に一気にその団体を追い抜いた。












 登山道の最初は植林の中を通るが、車から30分程?歩いた所から写真の様にクマザサの多い自然林になった。









そして車から55分ほど歩いたところで、下の写真の様な 『山想の泉』 の標識がある場所に着いた。

『山想の泉』 の水場はその標識から20メートル位離れた所にあり、下の右写真の様に苔むした岩の下から冷たい綺麗な水が湧出していた。

山想の泉・標識
山想の泉・湧水地



 そして、上の 『山想の泉』 の標識から水場とは反対方向に2分ほど登ると写真の様な広場に出た。

 この場所から 『黒峰』 にも縦走出来るそうであるが、資料によると途中で 『天狗岩』 や 『トンギリ山』 を通り、

 片道2時間半位掛かる様である。


 又、今回の登山中に見掛けた紅葉としてはこの広場付近が1番綺麗で、その後の登山道では紅葉は殆んど見掛けなかった。






その後の登山道には下写真の様な倒木が結構あり、上を跨ぐには高過ぎるし、膝を曲げたまま歩いてくぐると大変辛かったので、切断して貰いたい!と思った。

尚、途中から木々の間に下・右写真の様な山が見えて来たので、それが 『小川岳 』 とばかり思って歩いていたが、

下りて来る登山者の方にお尋ねすると、『小川岳』 はその山の向こうに有る!との事だった。

この山の登山口へはアクセスが大変不便なので登山者は少ないと思っていたのだが、登る途中では下りて来る6組・15人位の登山者と擦れ違った。

この 『小川岳』 は3年前(2002年8月)に改訂された 『新版・九州百名山』 の本で、新しく九州百名山に入ったので登山者が多くなったのだろう?

登山道と倒木
小川岳と思っていた山

そして、その付近では何かに良く似た?、下・左写真の様な 『サルノコシカケ』 と、火星人の様にとてもスマートな右写真のキノコを見掛けた。

(ちなみに私は 『サルノコシカケ』 を見て、貴方が思った様な 『○ンコ』 では無く、鏡餅に良く似てるな〜!と思いました・・・笑)

何かに良く似た?サルノコシカケ
スマートなキノコ

又、途中では下の写真の様な所を通るが、その木の上から眺めると右写真の様に少し霞んでいたが、北西方向に見えた熊本平野の広がりが綺麗だった。

途中にある標識
熊本平野の方向






 その後の登山道ではスズタケが2m以上に伸びていて、写真の様にスズタケのトンネルを通る所が多くなった。

 今日は天気だから良いが、雨の日や雨後の登山は大変だろう!と思った。













 登り始めて2時間15分で写真の様に少し広場になっている 『小川岳山頂』 に着いた。

 時刻は11時55分だった。 山頂には写真の様な山頂標識と2等三角点があった。








山頂の少し下の広場では3人の方達が昼食中だった。 そして、その方達からそこから見える山等の名前を教えて貰った。

山頂部の周りは写真の様に立ち木で塞がれていたが、今の時期はその立ち木から全部の葉が落葉していたので、その樹間から少しずつ景色が見えていた。

下の左写真は南の方向で、『霧立越=きったちごえ』 と呼ばれて、『向坂山=1685m』、『白岩山=1647m』、『扇山=1661m』 等の尾根道を通り、

昔は色んな物資を馬等で運ぶ幹線道路だったが、現在は登山者に大変人気の高い縦走路になっている。

その 『霧立越』 は私達も大分前に子供と一緒に縦走し、『扇山』 の山頂近くにある山小屋に泊まった事があった。

それから下の右写真は左写真の右側に連なっている山で、『向坂山』 である。

そして 『向坂山』 の更に右側には、『三方山=1578m』、『天主山=1494m』、『国見岳=1739m』 方面の山並が樹間に見えていた。

又、この山頂部には 『五ヶ瀬ハイランドスキー場』 へ下りる時は、『3186m、145分』 との案内標識があった。

この山頂部では風景を見ながら写真を撮ったり行動食を食べたりして、10分ほど居ただけで下山する事にした。

霧立越の方向
向坂山の方向

下山中には次の様に面白い形をした木が目に付き、写真に撮った。

珍獣?
ウルトラC・・・2回捻り

又、その後の下山中には 『阿蘇五岳』 や 『九重連山』、『祖母山』 や 『傾山』 等が見える所があった。

私達は阿蘇五岳の姿は正面?からは良く見るが、後ろ姿を見るのは久し振りだった。(お釈迦様も背中側はあまりお化粧されていない様に見えた)

木々の間に見えていた阿蘇五岳
祖母山や傾山の山並み





 下山中の急坂部分ではスズタケ等を握って下りていた。

 ある急坂でもスズタケと思って握ったら それは色や大きさ等がスズタケとほとんど一緒に見える

 写真の様にトゲのある木で、凄く痛くて血が出た。(クソー!!)












 それから登る時に団体の方達と一緒に登っていた所では、話しながら歩いていたので

 気付かなかったのだが、登山道脇には写真の様に沢山の赤い実を付けた 『ハダカホオズキ』 があった。














 その後の登山道の途中には写真の様に背丈よりも高いススキの多い所があり、ススキを掻き分けながら歩いた。















 登山口の近くまで下りると、谷向こうの山の斜面に少し紅葉し掛けている所があった。









下の写真は登山口近くの林道脇で見掛けた、今回の山行では数少ない紅葉の写真である。


今回は山中では花を見掛ける事もほとんど無く、下の写真も皆登山口近くの林道脇で見掛けたものばかりである。

ヨメナ(ノギク)
ヤマラッキョウ
ゲンノショウコ

ムラサキツメクサ
キツネノマゴ
ヤクシソウ

下山中には登る途中で出会った方達を次々と追い越して行った。 その方達に会うと、もう下りて来たのですか!早いですね〜!と驚いてあった。

実は私達は下山してからもう一山登ろうと思っていたので、自然と早足に成っていたのである。

清和村から郵送して貰った資料によると、『小川岳』 の直ぐ近くに 『舞岳=地元の呼称は、十八の岳=とやのたけ』 と言う山があり、

その山頂から見る 『緑仙峡』 の紅葉が凄く綺麗とあったので、その山頂で昼食の予定にしていた。 それで急いで下山していたのである。

車に帰り着いたのは1時30分だった。


『小川岳』 の山歩きをまとめると、登りは 車〜15分〜登山口〜45分〜山想の泉〜2分〜黒峰分岐〜1時間15分〜小川岳山頂 で合計2時間15分、

                     下りは 小川岳〜1時間25分〜車で、万歩計は17635だった。





下山してから 『舞岳』 の登山口を数人の地元の方にお尋ねしたが、知ってある方には中々出会えず、登山口を知ってある方にお会い出来たのは

『緑仙峡清流館』 付近まで下りてからだった。

やっと登山口が分かったので下って来た道をまた登り返し、登山口があると思われる林道に入り込んだのが運の尽きだった。



その林道は教えてもらった林道に特徴が良く似ていたので何の疑いも無しに入り込んだところ、数百m進むと行き止まりで、そこは少し広くなっていた。

その小さな広場は少し下がっていたが、そこでUターンして駐車しておこうとバックし始めたが、地面が少しヌカルンでいてタイヤが空回りする。

それで、その付近にある小枝等を拾い集めて空回りするタイヤの前後に敷いてみたが、まだスリップする。

それでスリップする場所を避けようと、少し前進して他の場所をバックしようとしたが、やはり途中でスリップする。

それで又、小枝等を拾い集めてそのスリップするタイヤの前後に敷き詰めて、力持ちのオバさんが前から押してみたが、それでも登らない。

そんな事を2〜3回繰り返しているところに軽トラックがやって来た。



その運転手の方は私達を不審者と思われたのか?、しばらく運転席から降りて来られなかった。 私が運転席の窓ガラス越しに事情を説明した。

それで納得してやっと車から降りて来られた。 その方は私よりも大分年配でこの山の持ち主の方だった。

私はこういう場合に備えて、何時も牽引ロープを車に積んでいる。 それでその方に軽トラックで引っ張り上げて貰う様にお願いした。

その方は大変親切な方で気持ち良く承諾され、両方の車にその牽引ロープを結び、軽トラックで私の車を引っ張り上げて貰った。 本当にホッ!とした。



しかしバックの体勢のまま引き上げて貰ったので、その後は首を後ろに向けたまま、幹線道路まで狭い林道を数百mバックするのは凄く大変だった。

特に先日の台風で崖崩れが起きていて道幅が車幅ギリギリの所では冷や汗物だった。 10分以上?掛かって幹線道路に出た時には首が凝っていた。

幹線道路に出てその方と話すと、私が入り込んだ林道は 『舞岳』 の登山口がある林道では無く、1つ手前の林道だった。

そして 『舞岳』 の登山口のあるその林道は先日の台風による倒木が非常に多く、現在はまだ通行止めとの事だった。

私は引っ張り上げて貰った事を大変恩義に感じていたので、その方に心からお礼を言った。



車が身動きが取れなくて色々な事をしていた時間は20分前後?だと思うが、私は最後の方ではほとんど自力脱出は諦めていて、幹線道路に歩いて出て

通り掛かる車にお願いしよう!と思っていたところだった。 それで山の持ち主の方が現れて引っ張り上げて貰った時は、本当にその方が神様の様に見えた。

『舞岳』 には登れない事が分かったが、もし登れたしてもその時は精神的にかなり疲れていたので、もう登る気には成らなかったと思う。

時間は既に3時を過ぎていたが、私達はまだ昼食を食べていなかった。 それで景色の良い所に車を停めて、車の中で遅い昼食を食べた。





 下 山 後


昼食を食べ終わり、帰宅し始めたが暗くなるまでには少し時間があったので、帰路の途中にある、『通潤橋』に寄る事にした。

 『通潤橋』 はこの付近では1番の観光地?で、今迄に子供とこの付近の山を登った時に2回訪れた事がある。

 そこには観光バスが5〜6台と50台以上の自家用車が駐車していて、多くの観光客で賑わっていた。

 そして私達がそこに着いて1分もしない内に写真の様に 『通潤橋』 からの放水が始まった。

 私達は今までに 『通潤橋』 から放水している光景は見た事がなかった。

 以前ここを訪れた時に5000円支払えば放水してくれる旨?を、聞いたか?見た?様な気がする。

 今日は団体の観光客が多いので、どこかの団体が支払ったのだろう?

 ラッキーだった。 早速デジカメを持って撮影に行く。



下の写真は 『通潤橋』 の説明版だが、サムネイル表示にしましたので、『通潤橋』 に興味の有る方は写真をクリックして下さい。


下の写真は橋の正面側で、下から写したものと橋上部の放水口である。


次の写真は橋の反対側の放水と放水口の様子である。 どちらも凄い勢いだった。


放水の様子を下からや放水口の近くから写したりしている内に、私はその水しぶきでスッカリ 『水も滴るイイ男』 になってしまい、近くにいる若い女性やオバサマ達が

私をヨン様と勘違いしてしまって、『キャ〜! サインして下さい!』 とか 『キャ〜! 一緒に写真を〜!』 等と大変な騒ぎになった。(真っ赤なウソ!)



 『通潤橋』 の周りには遊歩道がある事を知っていたので、そこを歩いて来る事にした。

 その遊歩道は誰も歩いていなかった。

 上の写真で 『通潤橋』 の下を流れる川は、少し先の方で写真の様な滝になっている。

 『通潤橋』 を少し通り過ぎた所から始まる遊歩道は、階段状になっていてグングン下って行く。

 そして10分ほど下ると写真の様な、『五老ヶ滝』 と呼ばれる滝壺の直ぐ近くに出る。











 そこから後ろを振り向くと写真の様に、かなり高い所に 『五老ヶ滝つり橋』 が架かっているのが見えた。




















 この写真はその 『五老ヶ滝つり橋』 から写した、『五老ヶ滝』 の全景である。

 写真の様にまだあまり紅葉していなかったが、紅葉すれば絵になる風景になるのでは?・・・と思った。














下の写真は 『通潤橋』 を裏側から写したものである。

30分ほど掛けて遊歩道をゆっくりひと回りして来たら、放水は既に終わっていて橋の上には誰もいなかった。


下の写真は遊歩道を歩いている時に見掛けた花である。

カワラボウフウのつぼみ
カワラボウフウの花
サザンカ

この付近には石橋が大変多く、次の写真はこの地域にある石橋の案内図である。 サムネイル表示にしましたので、興味の有る方は写真をクリックして下さい。


無事に家に帰り着き、風呂後にまずビールを飲みながら今日の事を思い出していた。 今日はツイテいるのか? ツイテ無いのか? 分からない様な1日だった。

予定より遅く起きたので第1希望の山には行けなかった。 そして道を間違えたお陰で上の駐車場には停める事が出来ずに、15分の林道歩きになった。

下山中にはトゲを握って痛かった。 その上に当初予定していた2山には登れず、1山だけになった。 そして再度道を間違えて車が身動きが取れない様になった。

しかし、まもなく救世主が現れて助けてくれた。 そして、『通潤橋』では初めて放水の様子を見る事が出来た。

そんな事をオバさんと話しては焼酎のお湯割りを口に運ぶ、その日の夜であった。

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