神原登山口〜祖母山〜烏帽子山〜越敷岳〜神原登山口 周回 |
2014年(平成26年)10月29日(水曜日) 快晴 弱風
九州・山口県の山歩きを紹介する季刊誌、『のぼろ』 の最新号(2014年秋号)に、今回のルートが紹介されていた。
私はその記事を読むまで、熊本県高森町に祖母山の登山口が有る事も知らなかった。
登山口の名称は大分県竹田市にある 『神原登山口』 と同じ漢字だが読み方が違っていて、竹田市の場合は 『こうばる』 だが、高森町の場合は 『ごうら』
と言うようである。
1/2万5千 地形図上でのGPS軌跡
白色の点線は10秒間隔(緯線10秒間の距離=約310m、経線10秒間の距離=約250m)、青色の線は1分間隔、水色の斜線は磁北線
.
緯 度 .
32°50′00″
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経 131° 131° 131°
19′ 20′ 21′
度 00″ 00″ 00″
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ごうら
県道8号線から神原牧野方面に向かう林道を進んで行くと道が分岐していて、
そこにある標識には 『← 越敷岳 登山道』 との文字がある。(上のGPS軌跡図に記載済み)
標識の直ぐ後ろにも1台分の駐車スペースがあったが、余りにも狭いので先に進む事にした。
尚、祖母山〜烏帽子山〜越敷岳と縦走したあとは、左側の登山道でこの場所に戻って来る予定である。
上写真の場所から150m?ほど直進すると、写真のような広場が右側にあったので、
私達はこの広場の隅っこの方に駐車させて貰う事にした。
身支度をし、この広場を出発した時刻は7時15分だった。
10分ほど舗装林道を登って行くと、伐採した木材を集積している横を通った。
この写真の撮影時刻は7時37分だったので、出発して22分経っているがまだ舗装林道が続いていた。
写真の林道は写真ではそんなに傾斜が無いように見えるが、実際はかなりの急坂で、私達はフー!フー!言いながら登っていた。
尚、この写真に写っている林道奥が林道の終点で、そこからは植林地内の登山道に入って行った。
植林地内は写真の様な中小の岩があり、途中で小さな沢を渡ったが、要所にはケルン等が有ったので道を探す事は無かった。
20分強で植林地を抜けると左側の樹間からは、帰路に歩く予定の烏帽子岳等の稜線?が見えていた。
この時期の落葉樹は既に落葉している物が多く、その枯れ葉は多い所では写真の様に10cm近く積もっていた。
そんな所では枯れ葉と一緒に何度も滑りそうに成ったので、慎重に登って行った。
林道終点から40分ほど登った所には 『地籍図根三角点』 があったが、
この付近も急坂が続いていたので、ふくらはぎ等が痛かった。
又、その付近では石楠花の幼木が登山道に沢山出ていた。
阿蘇山
↓
『地籍図根三角点』 から7分ほど登った左側の開けた所からは、遠くに阿蘇山等が見える所があった。
上写真から10分ほど進むとスズタケが刈られ、登山道が広く成っていた。
広く成った登山道を数分進むと、下・左写真の様なT字路に突き当たった。
ここで右折すると筒ヶ岳で、祖母山は左折である。
尚、この場所はGPS軌跡図では文字を挿入するスペースが無かったので、千間平の西側に 『□』 で記載している。
T字路に突き当たった
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左標識のUP
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上写真で左折した登山道も写真の様に広かった。
T字路から10分ほど進むと、千間平の山頂に出た。
この山頂写真を撮ったあと、私達は写真の奥に行って思わず 『ワァー!』 と感嘆の声を上げた。
そこには北方向を中心に180度近い展望が広がっていた。
そして下写真の様に、左から順に 『雲仙〜阿蘇山〜くじゅう連山〜由布岳・鶴見岳』 が雲海の上から頭を出している景色を一望できたのである。
それらの手前には帰路に歩く予定である、『烏帽子山〜越敷岳』 の稜線等も見えていた。
私達はこの余りにも素晴らしい景色(九州中央部の西端から東端まで約130kmを一望)に感動しながら今日初めて10分ほど休憩し、行動食を食べたりしながら眺めていた。
雲仙 阿蘇山 .
↓ ↓ .
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越敷岳
↓
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. くじゅう連山 由布岳 鶴見岳
↓ 烏帽子山 ↓ ↓
↓
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千間平山頂からほんの2〜3分下りると写真の様な標識があり、そこで北谷登山口からの登山道と合流した。
上写真から3分ほど進むと5合目の標識が現れたが、この付近は千間平と呼ばれているだけに
殆んど平らな登山道が続いていて歩き易かった。
そして5合目標識から13分で三県境に出た。
私達は祖母山に登った後はこの場所まで引き返し、烏帽子山〜越敷岳と縦走する予定である。
祖母山
↓
その後の登山道右側の樹間からは、祖母山が見え隠れしていた。
三県境から4分で6合目標識が現れた。
6合目標識からは10分で7合目標識前を通過した。
お地蔵様 祖母山山頂
↓ ↓
ここが国観峠であるが、7合目標識から8分で着いた。
この国観峠からは目指す祖母山の山頂がハッキリと見えていた。
登山道は上写真でお地蔵様の左横に続いているが、その後の登山道は今までより狭くなり、スズタケの中だった。
そして国観峠から4分で8合目標識が現われた。
8合目付近からは中小の段差等を乗り越えながら23分登ると、やっと9合目の標識が現れた。
9合目から2分登ると、山道が分岐していて、左は9合目小屋経由で山頂に登り、右は直接山頂に登る道である。
私達は帰路に小屋経由で下りようと思っていたので、ここでは右折した。
右折した登山道は中小の岩が多かった。
9合目小屋との分岐点から12分ほど上写真の様な登山道を登ると、9合目小屋から登って来る登山道と合流した。
その後の山頂近くの登山道脇には、霜柱がまだ沢山残っていた。
これが祖母山の山頂(1756m)である。
到着時刻は10時24分で、駐車地を出発して3時間9分の所要時間だった。
祖母山の山頂は割と広く、その周囲からは360度が見渡せ、北方向には千間平の山頂からと同じく左から順に 『雲仙〜阿蘇山〜くじゅう連山〜由布岳・鶴見岳』
が見えていたが、
当時刻は雲海もかなり消えていて、その景色は千間平程ではなかったのでここでは割愛し、反対方向の景色を紹介する。
下写真が南東方向を中心に写した景色で、右の方には昨日登った 『障子岳〜親父山』 や その彼方には薄く尾鈴山の姿も見えていた。
傾山 .
前障子岩 大障子岩 ↓ .
↓ ↓ .
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大崩山群 .
↓ 古祖母山
↓ .
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尾鈴山
↓ 障子岳 親父山
↓ ↓
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私達は祖母山山頂の岩に腰掛けて上写真の景色を眺めたりしながら行動食を食べ、25分ほど休憩していたが、
祖母山の山頂部からは綺麗だな〜!と思う様な紅葉場所は見掛けなかった。
写真は下山する時に写した物であるが、私達が山頂に着いた時は3人しか居なかったが、その後続々と登山者が登って来て、
私達が下山する時は20人近く?に増えていた。
山頂からは11分で9合目小屋に下りた。
ドアを開けて中を覘いたが誰も居ないようだった。
9合目小屋
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小屋の内部
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小屋の少し下の水場にも行ってみたが、冷たい水が蛇口から流れ出ていた。
お地蔵様
↓
9合目小屋からこの国観峠までは25分で下りていたが、その途中でも2組(4人と3人)の登山者と擦れ違った。
国観峠からこの三県境までは23分で戻り、この場所からは右折して烏帽子山に向かって行った。
烏帽子山への登山道は大分県と熊本県との県境尾根を下りて行ったが、その登山道は下写真の様に良く整備された広い道がかなり続いていた。
烏帽子山への登山道の様子−1
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烏帽子山への登山道の様子−2
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烏帽子山への登山道の様子−3
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その県境尾根の樹木には、写真の様な標識が所々に打ち付けてあった。
そんな県境尾根の途中では、紅葉している所もあったが、綺麗!と思った所は無かった。
三県境から25分下りた所では、登る途中に見掛けた物と同じ 『地籍図根三角点』 があった。(GPS軌跡図に記載済み)
烏帽子山山頂 くじゅう連山
↓ ↓
上写真から3分ほど進むと、前方に目指す烏帽子山の山頂が見えて来た。
尚、奥に見えているのはくじゅう連山(右端は大船山と黒岳)である。
その後の登山道には小鳥の巣が落ちていた。
そしてこれが三県境から38分で着いた烏帽子山(1296m)の山頂である。
この山頂には誰も居なかった。
祖母山 三県境
↓ ↓
烏帽子山の山頂からは 『祖母山〜三県境〜歩いて来た稜線』 を見渡す事が出来た。
千間平山頂
↓
この写真は上写真の右側に見えていた景色で、今朝登って来た稜線等が見えていた。
私達は誰も居ない山頂に腰掛け、行動食を食べながら10分ほど休憩したが、
このリンドウは山頂に1輪だけ咲いていた。
烏帽子山山頂から13分ほど下りると、実を沢山付けたアセビの樹があった。
上写真のアセビの直ぐ先ではロープを張った急坂が現われた。
この写真は上写真の急坂をロープを伝って下りて来るオバさんの雄姿である。(笑)
烏帽子岳山頂から30分ほど進むと、緩木山への分岐標識が現れた。
これは上写真の分岐標識の右手前に小さく写っている、1株だけあったムラサキセンブリをマクロで写したものである。
阿蘇中岳の噴煙 越敷岳
↓ ↓
その後は遠くに阿蘇中岳の噴煙を見ながら、ススキの多い尾根道を越敷岳に向かって歩いて行った。
緩木山への分岐標識から18分進むと、左側に4等三角点があった。(GPS軌跡図に記載済み)
越敷岳山頂
↓
上写真から25分ほど進んだ所で写したものであるが、目指す越敷岳がかなり近くに見えて来た。
前掲の4等三角点から33分進むと、緩木神社登山口に下りる分岐標識が現れた。
その後の登山道にもロープ場等があった。
緩木神社登山口に下りる分岐標識から9分登ると、私達が駐車した登山口(高森町)へ下りる分岐標識が現れた。
越敷岳に登った後はこの場所まで戻り、ここからは右側の登山道で高森町方面へ下山する予定である。
上写真から2分進むと、大きな岩の前に出た。
この場所からは、右からでも左からでも山頂に行く事ができる。
前回(2005年6月5日)は右から登って左から下りて来たので、今回は左から登る事にした。
上写真から1分ほど登ると洞窟があった。
前回来た時はこの洞窟には 『山賊の住み家』 との名称を書いた標識があったが、今回はその標識は無かった。
上写真から2分ほど登ると、ロープを張った急坂があった。
ここが3つ前の写真(大きな岩)から4分で着いた、『越敷岳=こしきだけ=1060m』 の山頂である。
山頂には誰も居なかったので私達は写真の岩に腰掛け、行動食や果物等を食べながら20分ほど休憩した。
山頂から20m位西側にもピークがあり、そこには2つの石祠があった。
そのピークからは下・左写真の様な山と私達が祖母山から歩いて来た稜線が見えていた。
また眼下には右写真の様な、これから下りて行く高森町の登山口方面の景色が見えていた。
傾山 祖母山 烏帽子山 三県境 千間平 .
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ .
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高森町の登山口方面
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山頂で20分ほど休憩後は登って来たのとは反対方向に下りて行ったが、その途中には下写真の様な御神水や行者堂跡があった。
御神水
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行者堂跡
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そして写真の分岐標識地点まで下り、そこからは右の高森町方面の登山道を下りて行った。
高森町に下りる登山道脇には、かなりの区間に鹿避けのネットが張り巡らされていた。
三県境 千間平
↓ ↓
高森町への分岐標識から10分弱でススキの茂る野原に下りた。
この野原は写真の様にススキを刈り払ったままだったので大変歩き難く、私は2回ほど滑ってこけた。(怒!)
高森町への分岐標識から15分程で林道の終点広場に下りた。
上の林道終点の直ぐ下には1輪だけヤマラッキョウの花が咲いていた。
その後は写真の様な舗装林道を下りて行った。
そして林道終点広場から13分ほど上写真の様な舗装林道を下りると、 『← 越敷岳 登山道』 との標識のある場所に出た。
ここから150m位?直進した所が駐車地である。
今日の山歩きをまとめると、
駐車地(7:15)〜林道終点(7:40)〜地籍図根三角点(8:20)〜筒ヶ岳分岐(8:39)〜千間平山頂(8:50/9:00)〜
5合目(9:02)〜三県境(9:15)〜6合目(9:19)〜7合目(9:29)〜国観峠(9:37)〜8合目(9:41)〜9合目(10:03)〜
小屋分岐(10:06)〜祖母山山頂(10:25/10:50)〜9合目小屋(11:02/11:07)〜国観峠(11:31)〜
三県境(11:54)〜地籍図根三角点(12:19)〜烏帽子山(12:32/12:42)〜緩木山分岐(13:08)〜
4等三角点(13:27)〜越敷岳(14:15/14:35)〜林道終点(14:51)〜駐車地(15:05)
総所要時間は7時間50分、万歩計は30478だった。
下山後は少し遠回りになるが、円形分水の見学に行った。
私は円形分水はもっと大きな構造物かと思っていたが、意外に小さな物だった。
しかしそこには水が流れ込まない様に板止めされていたので工事している人に尋ねると、昨日、写っている田の稲刈りが行われた為に昨日から水止めしているとの事だった。(残念!)
円形分水の説明
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円形分水
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円形分水からはくじゅうの赤川登山口を目指した。
そして赤川登山口の少し手前にある、下写真の国民宿舎・久住高原荘の温泉に入った。(500円/1人)
国民宿舎・久住高原荘の玄関
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久住高原荘の露天風呂で、ブロック塀の向こうは女性の露天風呂
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入浴後は赤川登山口に行き、車内で宴会をする事にした。
私達が赤川登山口に着いた時は、1台の車が停まっていたが、その中には誰も居なかった。
写真が当夜の宴会の様子で、当夜の宴会料理は鍋物だった。
具材は全てオバさんが自宅から保冷バッグで持参した物ばかりである。
鍋物はグツ!グツ!煮立っている物を直ぐ食べられるので、寒い時にはこれが1番良いですね〜!
飲み物は缶ビール2本ずつの他は焼酎のお湯割りである。
当夜の宴会は18時45分頃から20時近くまで続いた。
昨夜は朝方に寒く感じて目覚めたので、当夜はダウンの上に雨具を上下とも着て寝た。
そのお陰で当夜は寒さで目覚める事も無く、私は翌朝までグッスリと眠った。
この後は翌日の 『赤川登山口からくじゅう連山逍遥』 に続きます。
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