2010年(平成22年)2月20日(土曜日) 快晴 微風 冬の季節に山野に咲く花は少ないが、今の時期に咲く花としては 『福寿草』 がある。 九州での福寿草自生地は、熊本県の 『仰烏帽子山=のけえぼしやま=1302m』 と 『岩宇土山=いわうどやま=1347m』 が有名である。 私達は去年の2月15日にその仰烏帽子山に登り、福寿草との初出会いを果たしていた。(仰烏帽子山で既報) 仰烏帽子山や岩宇土山の福寿草は良く知られているだけに、その時期は九州中から登山者が殺到する為、大混雑する。 私達は人の多い山はあまり好まないので、今年はそれら以外の山で福寿草との出会いを考えていた。 それで色々調べていると、私達がまだ登った事の無い山にも福寿草が咲く事を知ったが、この1週間近く天気の方が芳しくなかった。 そうしている内に、20日以降は好天気が続くとの天気予報が発表されたので、早速逢いに出掛ける事にした。 福寿草の咲く山には明日登る事にして、今日はその手前に在って私達がまだ登った事の無い 『揺岳』 に登る計画を立てていた。 『揺岳登山口』 がある 『大石越』 へ大石林道を登っていると、標高が上がるに連れて林道上にも 残雪が少しずつ現れて来たが、ある日陰部に差し掛かると写真のような積雪状態だった。 それでこれ以上は車での走行は危険と判断し、この手前の道路の広い場所に路肩駐車する事にした。 そこまで自宅からちょうど150kmの走行距離で、途中での買い物や昼食休憩を入れて4時間を要していた。 写真の場所をスタートした時刻は14時10分だった。 最近はこの大石林道を走行した車は無いようで、林道上には新しいタイヤ跡は無く、 写真のように 『イノシシ、タヌキ、野ウサギ』 等の足跡だけが沢山残っていた。 私はそれらの足跡を見ながら、現在カナダのバンクーバーで冬季オリンピックが開催されているが、 それに対抗して動物界でもこの大石林道で冬季オリンピックが開催されているのかな〜?と思ったりした。(笑) 大石越にある揺岳登山口 上写真のような林道を15分ほど歩くと、大石越にある左写真の揺岳登山口に着いた。 尚、この登山口を100mほど通り過ぎた所の右側に 『祇園山登山口』 がある。 上写真に写っている大石越登山口からの林道を2分ほど登ると、 写真のような 『関係者以外・立入禁止』 の看板があり、そこから左折して登山道に入った。 その登山道を少し進むと、写真のような植林地に入った。 揺岳 ↓ 更に10分ほど登ると尾根道になったが、その尾根道からは左側に写真のような揺岳の山頂部が見える所もあった。 そんな登山道を更に10分ほど登ると、或るピークに出た。 そこには写真のようなポールと三角点があった。 揺岳 ↓ 上写真のピークから尾根道を進んでいると、写真のように前方の樹間から揺岳の山頂部が見えて来た。 その後は中小アップダウンを2〜3度繰り返して最鞍部を過ぎると、それ以降は写真のようなロープ場の連続だった。 写真ではその急登の様子が良く撮れていないが、積雪で足が滑る為に、 ロープを握り腕の力で身体を持ち上げる手助けが要る程の急登だった。 尚、最鞍部から山頂までは15分ほど要したが、その9割位?はロープ場の連続だった。 そして標高が上がると1番多い所の積雪は、写真のようにくるぶしの上まであったので20cm近くあったと思う。 写真が 『揺岳=ゆるぎだけ=1335m』 の山頂である。 到着時刻は15時20分だったので大石越登山口からは55分弱を要していた。 山頂部は写真のように片面は樹木で展望は無く、北東から南方向の景色の中には 『赤土岸山、諸塚山、大仁田山、黒仁田山、黒岳』 等の山々が見えていた。 下・左写真は山頂部の樹間から北北西方向に見えていた 『祇園山=ぎおんやま1307m』 の山頂である。 右写真は山頂写真で右側に写っている温度計だが、写真のように5℃を指していた。
山頂では景色を眺めながら喉を潤し、5分ほど休憩しただけで直ぐ下りる事にした。 下りも最鞍部までは写真のような急坂をロープを握りながら慎重に下りた。 しかしそれでも足が滑って二人とも2度程こけた。 尚、写真で前方に見えている山は祇園山である。 下・左写真は大石越にある登山口に着く少し手前で、左側に見えていた祇園山とその大石越登山口を写したものである。 右写真はその大石越登山口を写したものだが、その写真で右側に写っている電柱の少し先の右側に揺岳への大石越登山口がある。 祇園山には12年前(1998年8月)に私達は子供と一緒に登った事があった。 この祇園山は4億3千年前に海底が隆起してでき、そして九州島全体でも1番古い地殻との事で、私達が登ったその当時は 『クサリサンゴ、三葉虫、腕足類』 等の 化石保護の為に、祇園山に登るには町役場に許可が要った。 それでその時は私達も登る前に町役場の届け出帳に 『住所・氏名』 等を記入後に登山許可の腕章を貰い、それを腕に巻いて登った記憶がある。 しかし今回登山口を見るとそのような許可が必要との注意書きが無いので、今はもう自由に登れるようになったのかな〜?と思った。
揺岳の山歩きをまとめると 駐車地(14:10)〜15分〜大石越登山口(14:25)〜25分〜三角点のあるピーク(14:50)〜 10分〜最鞍部(15:00)〜20分〜山頂(15:20/15:25)〜1時間〜駐車地(16:25)で 万歩計は写真のように9999歩だった。 下山後は早速、翌朝から登る予定にしている 『黒岳登山口』 へと向かった。 黒岳登山口に向かっていると道路脇に、下・左写真のような 『←黒岳4km』 標識と説明板等が立っていた。(右写真はそのUP) その案内板等の直ぐ後ろのクヌギ林の中に 『福寿草』 が自生していた。 ひとしお 登山者の立場から言うと、ある程度苦労し汗を流してから初めて出会える景色や花等は感激も一入なので、そのような出会いを期待する気持ちが強い。 しかし身体の弱い方などの事を考えると、このように珍しくて貴重な花が自生しているのを、車から降りて直ぐ見れる所があっても良いのでは?と思う。 下写真がそのクヌギ林の中に咲いていた福寿草である。 誰もいなかったので私達は林内を殆んど歩いてみたが、まだ早いのか?、かなり広い林の中には全部でまだ数十株位しか咲いていなかった。
日陰部には下写真のように雪が残っていたが、残念ながら殆んど雪は解けていたので、(私が密かに期待していた!)、説明板に書いてあるような 雪を割って開花している状態の雪割草を撮影する事は出来なかった。
それからここの福寿草は、去年見た仰烏帽子山の福寿草に比べて少し黒ずんでいるように思えた。 人間界でもアフリカ等、熱帯地方に住む人達の肌が黒いように、この自生地は最南限との事なので、その関係で少し黒ずんでいるのかな〜?と思ったりもした。(笑) 誰もいない福寿草の自生地で、ゆっくりと撮影を済ませたので、私達は満足して黒岳登山口に向かった。 福寿草自生地から1km程進むと写真のような水場に出たので、ここで今晩と明朝用の水を汲んで行った。 尚、この付近は写真のように雪が残っていたが、今日は数台の車が走行したようでタイヤの跡が溝になっていた。 私はそのワダチを慎重にトレースしながら、ノロノロ運転で進んでいった。 それに数日前に4本とも新しいタイヤに交換していたので、この付近ではスリップする事は全く無かった。 水場から更に1km程?進むと写真のような分岐が現れた。 右の道が黒岳登山口方向だが、その道は最近舗装された?新しいコンクリ道で、今迄の林道と違って急坂だった。 しばらくはその急坂を登っていたが、途中から益々急坂になり、そして日陰部ではアイスバーンも現れて来た。 それで途中の路肩に車を止め、私が歩いてその先の様子を見に行った。 そうするとその先は登るに連れて積雪とアイスバーンの状態が酷くなり、4DWでは無い私の車では危険と思われた。 それでそれ以上は登るのを諦めて、停車地の直ぐ近くにあったかなり広い(5台位?は駐車可能) 林道分岐広場に駐車する事にした。 到着時刻は18時15分で揺岳の駐車地からちょうど40km走っていた。 写真が当夜の宴会料理である。 簡単に説明すると、左列の上は 『枝豆』 で、下は 『キャベツ』 、 中列の上は左から 『ほうれん草のお浸し、塩シャケ、ふき味噌、高野豆腐とシイタケとニンジンの含め煮』 、 中列の下は左から 『鶏胸肉とカイワレ大根のサラダ、レモン、ピリ辛ソーセージ』 、 右列は途中の道の駅で買った果物の一部で、上は 『イチゴとキンカン』 、下は 『八朔』 である。 そして飲み物は 『ウイスキーと焼酎』 である。 誰もいない山中で、宴会は18時45分頃から20時少し過ぎまで続いた。 夜中にトイレに起きた時に夜空を見上げたら満天の星が輝いていたので、高感度にして写真に撮ったのだが、帰宅して見ると全体が真っ黒だった。(涙!)
2010年(平成22年)2月21日(日曜日) 快晴 微風 今朝は6時前に目覚めたが、寒そうだったので6時半に起床した。 1月に長者原に泊まった時は寒くて夜半に何度も目覚めたので、今回はその時よりも1枚多く着て寝た勢か?、 夜半に寒くて目覚める事は無かった。 起きて車内の温度計を見ると、写真のように0℃だった。 起床して暫らくすると、東の空が写真のように輝いて来た。 この写真は太陽が雲上に顔を出す直前に写したもので、撮影時刻は7時1分だった。 車内を整理してからお湯を沸かし、『コーヒー、ホットケーキ、ゆで卵、果物』 で朝食にした。 そして駐車地から出発した時刻は8時5分だった。 写真は歩き始めて5分程した所の林道を写したものであるが、写真のように靴跡の他に昨夜付いたと思われる 動物達の足跡が写真のように無数に残っていた。 どうやらこの林道は動物界の冬季オリンピック会場の1つになっているようで?、昨夜は 人気競技の 『フィギュアスケート、アルペンスキー、アイスホッケー、カーリング等』 がここで行われたようである。(笑) 上掲写真のような林道を進んでいると、ある所で凄く大きな靴跡を見付けた。 私の靴と並べて見ると、写真のように10cm近く大きい。 それでこの人は 『ジャイアント馬場 か ガリバーに違いない!』 と私は思った。(笑) 上写真のような林道を15分近く登ると、下写真の 『黒岳登山口』 に着いた。 写真のように、ここの駐車場は100台位?は駐車できそうな広さがあった。 予定では、昨夜はこの駐車場に泊まる積もりだったのである。
写真は 『黒岳登山口』 から10分ほど登った所で写した登山道の様子である。 黒ダキ分岐 上写真から5分強登ると 『黒ダキ』 との分岐標識が現れた。 ここで右折すると 『黒岳神社』 と 『黒ダキ展望岩』 に行き、左折した道が山頂方向である。 私達はまず右折して、黒ダキに行ってみる事にした。 鳥居をくぐると上写真の岩場には金属ハシゴが設置してあり、1〜2分で下写真の黒岳神社に着いた。 黒岳神社の前には展望説明板があった。 そして黒岳神社の少し先に右写真の黒ダキの展望岩があった。
下・左写真は黒ダキ展望岩から眼下に見えていた 『黒岳登山口』 を写したもので、右写真は逆に黒岳登山口から 『黒岳神社と黒ダキ展望岩』 を写したものである。
下のカゴダキ分岐 黒ダキでは写真を撮ったり、景色を展望説明板と見比べながら10分ほど休憩した。 そして再び黒ダキ分岐に戻って黒岳山頂に向かった。 その後は急坂部分もある登山道を5分ほど登ると、写真の 『カゴダキ』 との分岐標識が現れた。 登る時は直進して山頂を目指すが、下山時はカゴダキを周回して下りる予定なので、 下山時は再びこの分岐地点に戻る事になる。 写真はその後の登山道の様子である。 上写真のような登山道を15分ほど登ると、方々の山でお馴染みである、 写真のような 『人吉かめさんの山頂まで5分』 の標識が現れた。 上写真から1分ほど進むと写真のように右側が開けた場所に出た。 そこには写真のように、方向を指す標識に山名が記入してあった。 主な山名を上げると、『くじゅう連山、祖母・傾、阿蘇山、諸塚山、大仁田山』 等があった。 上のカゴダキ分岐 上写真の展望所から1分ほど進むと、写真のような 『カゴダキ』 への分岐標識が現れた。 私達は山頂からの下山時はこの地点まで戻り、カゴダキを周回するルートで下りる予定である。 上の分岐標識から1分ほど進むと、写真のように大きなブナの樹が現れた。 上の大きなブナの樹から更に2分ほど進んだ所が、下写真の 『黒岳=1455m』 山頂だった。 この山頂からは南方向の展望が開けており、下・右写真で尾鈴山の左側には霧島連山、そして更に左奥には高隈山系の山々が薄く見えていた。 黒岳山頂はかなり広く、私達は写真のベンチに腰掛けて展望を楽しみながらコーヒーと行動食で10分ほど休憩した。
山頂で10分程の休憩後は前掲写真の 『上のカゴダキ分岐』 まで戻り、左折してカゴダキ方面に向かった。 山頂までの登山道には、あの 『ジャイアント馬場 か ガリバー』 の大きな靴跡を含む沢山の足跡があったが、 『上のカゴダキ分岐』 以降は靴跡は1つも無く、有るのは野ウサギやイノシシの足跡だけだった。 どうやらカゴダキ経由で下山する人は殆んどいないようである。 カゴダキ ↓ 上写真のような登山道を2分ほど下りていると、前方の樹間からカゴダキと思えるピークが見え始めた。 カゴダキ・登山口分岐 『上のカゴダキ分岐』 から7分ほど下りると鞍部と思える所に、写真のように登山口との分岐標識があり、 カゴダキにあと8分との案内標識もあった。 私達はカゴダキに登った後は又この地点まで戻り、登山口方面に左折する予定である。 上写真から両サイドにスズタケの茂る登山道を5分ほど登ると、『ニクダキ』 の標識ある下・左写真の場所に出た。 そこには中写真のようにネットやロープ等の材料が無造作に積まれてあり、そしてその付近には右写真のようにネットを張る為のポールが立てられていた。 その時はこんな所に何故ネットを張るのだろう?と不思議に思いながら写真に撮っていたのだが、 帰宅して色々な資料を調べていると、このニクダキ付近にはまだ僅かに 『キレンゲショウマ』 が自生している事が分かった。 しかし鹿の食害により激減しているとの事だったので、現在はキレンゲショウマの保護ネットを管理自治体が設置しているところだと思う。
ニクダキから更に登っていると両サイドには写真のように 『枯れ山水』 のような岩が多くあった。 このような岩は地元地区にある 『屏山』 の山頂付近でも多く見られる。 ニクダキから5分弱登ると、『カゴダキ』 と呼ばれている写真のような岸壁上に着いた。 下写真はその 『カゴダキ』 の岸壁上から写した景色である。
『カゴダキ』 で5分ほど景色を眺めたり風景写真を撮った後は、 前掲写真の 『カゴダキ・登山口分岐』 まで戻り、登山口方向へ左折した。 その登山道は1度谷底に下りたが途中は急坂が多く、また写真のように雪が10cm位積もっていた。 1度谷底に下りてから登り返す道には写真のように野ウサギやイノシシの足跡だけが続いていた。 下のカゴダキ分岐 前景写真の 『カゴダキ・登山口分岐』 から谷部分を15分ほど歩くと、登る時に通った 『下のカゴダキ分岐』 に出た。 ニクダキ カゴダキ ↓ ↓ 上写真から少し下りた所に小さな展望岩があるが、この写真はその岩上から写したもので 谷の向う側に見えていたニクダキとカゴダキの景色である。 上写真から更に2分ほど下りていると、 前方の下方に黒岳神社のある黒ダキが写真のように見え始めた。 その後、黒岳登山口の近くまで下りた所で初めて、登って来る3人パーティとすれ違った。 それを皮切りに林道を下りている途中で次々と中小のパーティとすれ違った。 黒岳の山歩きをまとめると 駐車地(8:05)〜15分〜黒岳登山口(8:20)〜15分〜黒ダキ分岐(8:35/8:50)〜10分〜下のカゴダキ分岐(9:00)〜 20分〜山頂(9:20/9:35)〜20分〜カゴダキ(9:55/10:00)〜25分〜下のカゴダキ分岐(10:25)〜 20分〜黒岳登山口(10:45)〜15分〜駐車地(11:00)で、万歩計は11913だった。 私達が下山後の後片付けをしている時に数台の4WD車が黒岳登山口に登って行った。 そうしている内に少し下の方の林道で、タイヤがけたたましく空回りする音が聞こえて来た。 その車は自力では登れないのか?、少しすると大勢の人達の声で 『セーノッ!』 との掛け声と共に車を後ろから押している音が聞こえて来た。 私は後片付けが終わったら直ぐ下りようと思っていたのだが、そのタイヤが空回りする恐ろしい音を聞いて怖くなった。 それで、駐車している場所で昼食を食べてから出発する事にした。 そうすれば、そうしている内に少しでもアイスバーンが融けるかも知れない?と思ったのである。 そう云う事でそこで車内の整理をしたり、お湯を沸かしたりして 『コーヒー、サンドイッチ、ゆで卵、果物』 で昼食を食べた。 正午近くになると気温が上がったのか?、駐車地近くの雪もかなり融け始めた。 それで1時間位経った頃に私が林道下方の状態を調べに行くと、アイスバーンが融けて水になり林道上にかなり広がって流れていたので、車で下りる事にした。 そのように1時間以上も出発を遅らせてから、恐る恐る!Lowギアで下り始めた。 そうすると待った甲斐があったのか?、全くスリップする事無く下りる事が出来た。 その下りている途中の林道脇には、先程タイヤが空回りしていたマイクロバスの他にも数台の普通乗用車等が駐車していた。 それにしても無事に下りる事ができて良かった〜。(ホッ!) 国道503号線に下りる途中では又、福寿草の自生地に立ち寄った。 今日もそこには誰もいなかったが、福寿草は昨日よりも少し多く開花しているように見えた。
国道503号線に出てからは次に予定している、『赤土岸岳』 の登山口に向かった。 その登山口に着くと、写真のように2台のフィールドスコープを三脚にセットし、 首には大型と小型の2個の双眼鏡を掛けた一人の若い男性が立っていた。 それで少し会話してみると、県や市等から依頼を受けて野鳥の調査をしている!との事だった。 写真が駐車場の直ぐ横にある、『赤土岸岳』 の登山口である。 ここでは登山靴に履き替えるのが面倒臭くなって、二人ともスニーカーのままで登り始めた。 赤土岸岳山頂 ↓ 登り始めると直ぐ前方に 『赤土岸岳』 の山頂が見え始めた。 登山道の最初の方は、写真のような植林地の中だった。 上写真のような植林地を抜けると灌木林になったが、そこを1分程で抜けた所が下写真の 『赤土岸岳=あかどぎしやま=1169m』 の山頂だった。 尚、ここへの途中で諸塚村の特産品販売所に立ち寄った時に、年配の女性の方に 『赤土岸岳』 の読み方を尋ねたところ、 地元では 『せきどうぎしやま』 と呼んでいるとの事だった。
赤土岸岳の山歩きをまとめると、 登山口(13:55)〜10分〜山頂(14:05/14:10)〜10分〜登山口(14:20)で、万歩計は2457だった。
赤土岸岳から下りたらまた1度国道503号線に戻り、そこから200m程登った所にある、下・左写真の分岐地点から大仁田山スカイラインに入った。 尚、赤土岸岳の登山口からこの分岐地点までは車で5分弱である。
大仁田山スカイラインは下写真のような未舗装で、法面から崩れ落ちた中小の岩が多く、また日陰部は右写真のように残雪があった。
上掲写真のような大仁田山スカイラインを3.2kmほど進むと 『大仁田山』 の登山口に着いたが、まずはその奥にある 『黒仁田山』 から登る事にした。 『大仁田山』 の登山口から約300m進むと、写真のような 『黒仁田山』 の登山口が現れた。 登山口の前には2〜3台が駐車可能である。 この山もスニーカーのままで登り始めた。 上写真の登山口から下写真のような登山道を10分ほど登った所が山頂だった。
これが 『黒仁田山=くろにたやま=1321m』 の山頂である。 左側に写っているような山名標識があったが、周りの樹木が大きくなったのか?、 それらの山は良く見えず、実際には樹間から山容が少しだけ見えているような状態だった。 この写真は下山時に写したものだが、正面に次に登る 『大仁田山』 の山頂が見えていた。 黒仁田山の山歩きをまとめると 登山口(14:45)〜10分〜山頂(14:55)〜10分〜登山口(15:05)で、万歩計は1845だった。
大仁田山山頂 ↓ 『黒仁田山』 の登山口から約300mほど戻ると、写真のような 『大仁田山』 の登山口がある。 この登山口の前には10台近くが駐車可能である。 この山もスニーカーで登り始めた。 上写真の登山口から歩き始めて、時間にして1分位、歩数にすると100歩も歩かない内に 写真のような 『山頂まで5分』 の標識が現れた。 それを見て二人とも、『エ〜!、ウッソ〜!、ホントニ〜!』 と笑った。 しかし写真のような道を5分弱進んだら、御影石で出来た立派な山頂標識のある山頂が本当にあっけなく現れた。 これが 『大仁田山=おおにたやま=1316m』 の山頂である。 山頂の周りは写真のように樹木に覆われているので、展望は全く無かった。 私達は山頂部の倒木に腰掛けてコーヒーと行動食で少し休憩してから下山した。 大仁田山の山歩きをまとめると 登山口(15:15)〜5分〜山頂(15:20/15:25)〜5分〜登山口(15:30)で、万歩計は1122だった。 この短時間での登山記録は、14年前(1996年12月)に子供と一緒に登った、『熊本県・天草の倉岳(682m)=1分』 に次ぐ記録だった。 今回は久し振りにこの地域の山に登ったが、この付近にはまだ登った事の無い山が沢山あるようなので、今後も機会を見付けて登りに行こう!と思っているところです。 |